真相

 次の日、生徒会に呼ばれたアンナルチアはアマリアからの謝罪を受けた。


「妹があんな騒ぎを起こしてしまって本当に申し訳ないわ。あのあと、妹は連れて帰って両親にこっぴどく怒られたから許してくれる?」


「いえ…アマリア先輩に謝罪していただくことではありませんから。。そもそも謂れのない中傷と単なる噂話に尾鰭がついただけのことですし」


「……そうね。そう言ってくれるとありがたいわ。あの子、成績が悪すぎて単位を落としてね。学園にはもう通えないかもしれなくて、それで焦っているんだと思うの」


「まあ」


 ああ。だから色恋沙汰の噂を流して、自分に有利な様に仕向けていたのか。面倒臭いが納得だ。


「そうなれば我が家も恥でしょう?仮にも第二王子を迎え入れる侯爵家だというのに、あんな出来の悪い娘がいるなんて、お母様も嘆いていらっしゃるわ」


「それは、大変そうですね」


 本当に姉のアマリア様はこんなにご立派なのに、なぜと首を傾げてしまうのも頷けるが。


「それでね、その。エドモントン伯爵家へお父様が婚約の伺いを立てたのは本当なのよ。ただ、神妙な顔で帰ってきたところを見ると、おそらく断られたのだと思うのだけど、『侯爵が伺いを立てた』という地点で妹の耳に入ったからあんなことを言ったのだと思うの。下位の貴族が断れるはずはないとかいう理由でね」


「そ、う…でしたか、ではなまじ嘘というわけでも、なかったのですね」


「で、でもね。ルークにはおそらく話がいっていなかったんだと思うのよ。もし知っていたら絶対怒って暴れてるはずだもの」


 慌ててそう付け加えたアマリアの優しさに、アンナルチアは笑顔を見せた。


「それでしたら、下手な噂が立たないよう、私も気をつけますね」


「えっ?嫌だわ、アニー。あなたはそんなこと気にしなくてもいいのよ?私たち生徒会役員なんだし、気まずくなって仕事に差し支えるのは嫌じゃない?」


「いえ、でも、恩赦祭も終わりましたし、あとは卒業パーティだけですから。ルーク先輩は特別科に移る準備で忙しいでしょうし」


「それはそうだけど、でも……」


「私より、ルーク先輩の方が大変だと思いますわ。騎士になりたいと仰っているのに、おかしな噂が流れてしまったんですもの、きちんと払拭しないと将来にも関わってしまいますよね」


「アニー、アニー。そんな言葉遣いをしないでちょうだい。いつもの様に崩した言葉で話してちょうだい。私たち友人であり同志でしょ」


「ふふ。アマリア先輩、大好きですよ」


「ああ、アニー!私も大好きよ!あなたが妹だったらどんなに良かったことか…!」


 アマリアはぎゅっとアンナルチアを豊満な胸に埋め、抱きしめて頭を撫でくりまわした。その柔らかさにアンナルチアはちょっとだけ泣けてしまった。



*  *  *



 その頃、ルークはアレックスと共に学園長室に呼び出されていた。マリエッタ・ドイル公爵夫人が面会に来ていたのだ。


 アレックスには初耳だったが、そこで極秘とされたルークの出生の秘密が明かされた。


 公爵とメイドの間にできた私生児。


「ルーク……お前、知っていたのか?」


 唖然としたアレックスが、飄々と構えているルークを見てそう呟いた。


「ええ、まあ。一年生の時に知りました」


「だから、か。伯爵家を弟に譲ると言っていたのは」


「ええ。僕は、実子のない伯爵家で後継とされていましたが、すでに弟と妹がいますから、弟が学園に入学したら用無しなんです」


「しかし、今まで伯爵家の後継として勉強もしてきたんだろう?なのに…」


 アレックスの言葉を引き継いで、申し訳なさそうな顔をしたマリエッタが口を挟んだ。


「私の夫が起こした不祥事は私が責任を持って対峙していますが、こればかりは独力では無理なのです。現在の国の方針は、男性に有利な法を取っていて被害にあった女性は陰に追いやられ、その子供たちも苦労を強いられています。


 夫が手を出した女性たちは皆、爵位が低いものか平民で、気がついた時にはもう何人も犠牲者がいて……。ルークに関しては、伯爵家に預けられたこともあって教養の面で問題がないのが幸いでした。それも今となっては仇にしかなりませんが。


 先日、エドモントン伯爵家から手紙を受け取り、ランドール侯爵家からルークへの婚約の伺いを立てられたと聞きました。ランドール家は、アマリア様がアレックス第二王子殿下と婚姻を結ぶことになっておられるので、おそらくは第二子であるリリシア嬢のために嫡男をお探しだったのでしょう。伯爵家としては、首を縦に振りたいところなのでしょうが、ルークは後継にはなりませんから」


「……ああ、それで昨夜のリリシア嬢の暴走があったわけか」


 アレックスは昨夜のパーティ会場でのリリシアの醜態を思い出し、またため息を吐いた。


「昨夜?何かあったのか?」


「ああ、ルークはいなかったのか……後でアマリアから聞くといい」


「そこで本題なんですが、宜しいかしら?」


「ええ、すみません。どうぞ続けてください」


「ありがとうございます。そこで、第二王子殿下のお力添えをいただきたいのです。私と致しましては、卒業後すぐにでもルークを正式に公爵家の第二子へと養子手続きを踏みたいと思っていますの」


「それはつまり認知をさせるということですか」


「ええ、その通りですわ。それにつきましてはもう少し準備が必要になりますが、公爵家の方でも考えておりますの。ひとまず、ルークは騎士になりたいという夢を持っていますでしょう?ですからアレックス王子殿下の側近を国王にも薦めたわけですが、このまま特別科で騎士道を学んだあと、王宮騎士へと第二王子からも推していただけたら、と思いまして」


「なるほど。私は成婚をすれば侯爵家に入るから側近の役目は終わり、ルークは准騎士爵から始めなければならない。だが、今のうちに優秀だとあげておけば、私が王子でいる間に王宮騎士に仕立て、ゆくゆくは王太子側近か、護衛騎士にというわけですね?」


「幸いルークは成績も宜しい様ですし、素行も良いし、生徒会役員であることも有利になりますわね?」


「お話はわかりました。それで、ルークはどうなんだ?王宮騎士になりたいというのは本気なんだな?」


「もちろんです」


「ヴィトン家の令嬢はどうする?」


「……アニーは、伯爵令嬢ですから、准騎士爵で彼女を貰い受けるわけにはいきません。せめて騎士爵を持つまでは、待ってて欲しいと告げました」


「えっ?そうなの!?いつの間に?それでアニーはなんて?」


 アレックスは初めて聞く話に、興奮気味につい自を出して前のめりになった。


「ヴィトン家の令嬢とは?」


 それを見て公爵夫人が首を傾げ、きらりとその瞳が狩人の様に光るのをアレックスは見逃さなかった。


「アンナルチア・ヴィトン伯爵令嬢。今年、奨学金制度を利用して満点入学した生徒です。彼女も生徒会役員です。真面目で頭が良いだけでなく、騎士道についても実家で学んでいたようで、実に興味深い令嬢ですよ。きっとドイル公爵夫人の目にも叶う人材です」



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