カオス

 パーティ会場に戻ったアンナルチアを待ち受けていたのは、リリアナをはじめとする令嬢グループと、アンナルチアのクラスメイトであるスカーレットとグレイスの言い争いだった。


 何も恩赦祭の真っ只中で、喧嘩をおっぱじめなくたっていいのに、と眉を顰めたアンナルチアだったが、掘っておくわけにもいかず間に入った。


「はい、ストップ。皆さん、どうしたのですか?あまり騒ぎを起こしては、周りの皆さんに迷惑がかかります。揉めている理由は?」


「きたわね、悪の権化が!」


 リリシアが吠えた。


「リリシアさん。悪の権化ですか。私が今度は何をしました?」


「聞く必要ないわよ、アニー!いい加減な噂しか流さないのはあっちなんだから!」


 おとなしめのグレイスは、声を張り上げるスカーレットを宥める役に徹しているようだが、リリシアの軍団は口々にスカーレットを罵っている。恩赦祭は二年生や三年生にとって懺悔会のようなもので、恩赦が済んで食べるものも食べ、すでにほとんどの人が退場していた。もともとアレックスの学園最後の法王姿を拝みに来たようなものだったらしく、会場はほぼ一年生だらけだ。生徒会役員であるアンナルチアの他に、担当の教師が数人いなければならないはずなのに、その姿も見られない。


「落ち着いてください!何があったのか教えてください。でなければ、全員で学園長の元へ行きますよ?」


 アンナルチアがそういうと、リリシア軍団は渋々口を閉じて、ようやく静かになった。


「そもそも、くだらない噂を流してアニーを貶めようとしたそっちが悪いのよ」


 怒りが治まらないスカーレットがじろりとリリシアを睨みつける。


「本当のことを言ったまでよ!」


「はあ。また噂の話ですか……」


「誰と誰が恋仲とか、そんな噂は誰も信じないからいいのよ!でもね、アニーがこんなに頑張ってるのに!」


「金銭を払って試験内容を買ったとか!」


「色目を使って上級生を堕としたとか!」


「どれも本当のことじゃない!」


 ちょっと待て。なんの話をしているのか。


「待ってください。私がなんですって?」


「トマス君を退学に追いやったのも、ルーク・エドモントン様を伯爵から引き摺り落としたのも全部あんたのせいだって噂よ」


「馬鹿げたことを」


「トマスとオリビアは恋仲だったのに、引き裂いたのもあんたでしょ!」


「オリビアさんはケヴィン君と婚約を結んでいると聞きましたが?」


「あんたのせいで、でしょ!」


「違いますよ。何を言ってるんですか」


「ルーク副会長をたぶらかして伯爵家を継げないように細工をして、ヴィトン家に婿入りさせようとしたのでしょう!酷いわ!」


「はあ?」


 頭が痛くなってきた。この令嬢たちは一体何を考えて生きているのか。というより、どんな悪女にされてるんだ、私は。ルークが伯爵家を継げない様に細工って、間諜員か何か?


「ルーク様は前途洋々の出世株のお方だったのに、アンタがたぶらかして伯爵家の爵位を継げなくなったのよ!ご自分から爵位を手放すなんて、長男のルーク様がすることじゃないに決まっているでしょう!」


 指をさしてリリシアが胸を張る。それに触発されてスカーレットも声をあげる。


「何をふざけたことを!ルーク様は騎士を目指していらっしゃるからよ!」


「ルーク様には私と婚約をする話が出ているのよ!侯爵家と伯爵家の間で話し合いがされているのよ!邪魔しないでほしいわ!」


「な……」


 アンナルチアは、思わず素の顔に戻ってしまった。血の気がひいていく。


「あなたとの変な噂が立たなければ、今頃ルーク様の出世は確実だったのに、あなたが壊したのよ!どうしてくれるの!」


「そ、んな、話は、聞いていません。それに、私は何も」


 狼狽えてはいけない。噂は噂だし、私とルークは生徒会の仲間というだけで。


『卒業と同時に僕は爵位がなくなるのだけど、きっと騎士爵をもらえるように頑張るし』


 だって、婚約の話なんて本人から聞いていない。


『貴女を誰よりも守りたいと、思う。……それまで待っててくれると、嬉しい』


 今しがた、彼からは告白を。


 でも、まさか。


 伯爵位を継がないのは、私のせい?だって、ルークは長男で。


 己の感情だけで伯爵家の地位を放棄するとは到底思えないけど。


「ヴィトン家のような貧乏伯爵家に、ルーク様のような素晴らしい方を引き摺り込むなんて!なんて下賤なの!自分のことしか考えていないのね!いくら頭がいいからってあんまりじゃなくて?」


 そんなはずは、ない。


 青ざめて、言葉を無くしたアンナルチアを見て、ふんと勝ち誇ったような顔をするリリシアと、心配そうに顔を覗き込むスカーレットとグレイス。


「アニー?どうしたんだ?」


 そこへ、戻ってきたザックが間に入った。アンナルチアとリリシアを見比べて、ザックは大仰にため息をつく。


「またリリシア嬢たちか。君たち、大声を張り上げているようだけど、外に丸聞こえだってわかってる?貴族令嬢ともあろう人達がみっともないと思わないの?ほとんどの上級生がすでにいないとは言え、まだ外には残って君達の話を耳を澄まして聞いてる人もいるって気付いてる?」


「えっ…」


 途端に青ざめる令嬢たち。中にはきっと学園にいる間にできるだけ高位令息を捕まえてこい、と家から命令されている令嬢もいるのだろう。高揚してリリシアに付き合ったものの、本来このような状況は全くと言って好ましくない。


「僕も家督を継ぐ子爵令息の一人だけど、君たちのような令嬢は絶対家に入れたくないね。友人たちにもよく言っておくよ」


 ヒィッと悲鳴にならない悲鳴をあげた令嬢たちは、蜘蛛の子を散らすようにその場を去っていった。残されたリリシアはアタフタと周りを見渡し味方を探すが、外に目を向けると呆れた顔を見せるアレックスと姉であるアマリアが鬼の形相で睨みつけているのが目に入り、顔色をなくした。


「とっ、とにかく!これに懲りたらルーク様に近づかないことね!」


 リリシアはそう言って、姉のいる方向とは逆方向へと走っていった。


 それを見てザックはパンパンと手を叩き、笑顔を見せた。


「皆もわかっていると思うけど、アンナルチアさんの実力は本物だし、生徒会役員としての働きも十二分にしている。誰を信じるかは君たちの自由だけど、この中にはアンナルチアさんに助けてもらった人もいるよね?緑化委員のオリビアさんとか、特別クラスの授業で順位の上がった人たちもね?」


 オリビアは俯いて唇を噛み、興味深そうに観客と化していた生徒たちは、気まずそうに視線を逸らした。

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