邪魔者

「今年の恩赦祭も無事に終わってほっとしたよ、はいこれ。カシスソーダ水だよ。飲む?」


「わあ、ありがとうございます。お疲れ様でした。黒星の方が意外に多くて驚きましたよ」


「恩赦を受けれる生徒は少ないんだけどね。一か八かで頭を下げる生徒は結構いるんだ。特に三年生は職に響くからね」


 へえ、そうなんですね、と言いながらコクリと飲んだカシスが美味しくて、意外と喉が渇いていたことに気がついたアンナルチアはごくごくと飲み干した。


「緊張したんだね、アニーでも」


 と、それを見たルークも笑って飲み干して、ジャグごと持って来ればよかったかなと冗談を言った。ちょっと小腹が空いたと言うことで、サンドイッチやパイを皿に盛り、一緒に食べる。あれが美味しい、これが甘いと言いながら、アンナルチアもルークに負けず結構な量を食べた。


「これでもう卒業式を待つばかりですね」


「そうだなあ。今年はなんだか早かったよ」


 食べすぎて苦しいと言って、ルークはアンナルチアをエスコートするように腕を差し伸べた。


「本当はダンスに誘いたいところだけど、生徒会役員仕事中だからね。ちょっと見回りがてら散歩しない?」


「は、はい……」


 二人とももちろん制服姿だが、まるで夜会のように振る舞う紳士的なルークに対し、アンナルチアはドキマギして顔を伏せた。数日前に考えていたことが頭をよぎり、慌ててその気持ちに蓋をする。


「卒業式はすぐだけど、僕はあと二年特別科に通うから、あまり感慨深くもないんだ。今ほどじゃないけどアニーにもまだ会えるし…」


 そういってルークはアンナルチアに向き合った。真剣な眼差しに目を離すことができず、アンナルチアは内心狼狽えた。


「あの…。前にもいったけど、僕は騎士を目指していて、爵位は弟が継ぐんだ。だけど、王宮騎士団に入団して第二王子の側近もアレックスがアマリアと成婚するまでは続けるつもりだ」


「はい」


 頑張ってくださいね、とアンナルチアは続けるつもりだったのだが、ルークが言葉を遮った。ルークの顔は真っ赤で視線が泳いでいる。


「それで、その。卒業と同時に僕は伯爵家を出るから、爵位がなくなるのだけど、騎士爵をもらえるように頑張るし、その。アニーに振り向いてもらえる男になりたいと思う」


「えっ……あ、あの…それは」


「アニーは卒業したら王宮で仕事をする予定だろ?だから、僕もそれまでに王宮騎士としてなんとか形になるよう努力する。影に日向に、貴女が向かうところに僕もいる。貴女を誰よりも守りたいと、思う。それで、あの、アニーには……その。それまで待っててくれると、嬉しいと思う……んだけど」


 アンナルチアはぽかんと口を開け、まじまじとルークを見つめてしまった。自分は一体何を聞かされているのか。頭が真っ白になって理解が追いつかない。息も止まりそうだ。


「……………」


「……その、もちろん、アニーの家のこともあるだろうし、色々貴族令嬢として、しがらみもあるとは思うんだけど。休みに入ったらご両親にもお、お会いしたいと思うし」


「……………」


「貴女が見つめる未来を、共に見つめたい、と思うのは烏滸がましいだろうか」


「…………」


「………ア、アニー?」


 全く身じろぎしないアンナルチアを見て、いよいよもって失恋かと心配したルークが顔を上げると、そこにはこれ以上ないくらい全身を真っ赤にしたアンナルチアが潤んだ瞳でじっとルークを見つめていた。


 ルークが目の前でパタパタと手を振ると、ようやく正気に戻り、オタオタとし始める。


「え。あ、あの、えっと、その。う、嬉しいですけど、その」


 ーーリリシア嬢とご婚約されるのよ。


 ふと、先輩女生徒の言った言葉が蘇る。あの話は、ただの噂なのか。


 聞かなくては。


「あ、あの私…」


「あ、いたいた!アニー!こんなところで何してるの?」


 アニーの言葉を遮るように、アニーを呼ぶ声がして、振り向いた。


「ザック君」


 手を振りながらにこやかに駆け寄ってくるザックに、アンナルチアはなぜかほっと息をついた。


「アニー、スカーレットとグレイスが探してたよ?なんか一年女子で集まってたけど催し物?」


「えっ?なんだろう?」


「慌てて君を探していたみたいだから、急いで行くといいよ」


「本当?ありがとう、すぐ行くね」


 とは言ったものの、ルークがアニーの手をぎゅっと掴んで離さない。


「アニー」


「ルークせんぱ」


「ルーク、だ」


「……ル、ルーク、あの。ありがとうございます。す、少し、考えさせてもらってもいいですか」


「……うん。もちろん」


 へにょりと眉を下げ、名残惜しそうにゆるゆると握る力を緩めるルーク。それに対して、アンナルチアはキュッと僅かに力を入れて手を握り返し、こそっとつぶやいた。


「あの……あの、でも。ルーク、の気持ちはうれしいです……ってことだけは、お伝えします……」


 真っ赤になって小声でそう告げ、アンナルチアは慌てて会場へと走っていった。それを真っ赤な顔をして見送ったルークに聞こえるように、ザックはちっと舌打ちをする。それを聞き咎めたルークがじろりとザックを睨みつけた。


「……お前、わざとだな?」


「そりゃ、まあ。抜け駆けなんてずるいですよ、


「わざわざ、だろ」


 さらりと嫌味を交えてルークが言うと、ザックは肩をすくめ「そうですね」と口を歪めた。


「でも僕、まだ諦めていないって言いましたよね?」


 ルークが目を細めて睨みつけるが、ザックはふっと鼻で笑って会場へ戻っていった。


「まあ、見ててくださいよ。ルークさん」


 それを見届けて、ルークはイラッとして髪をかきあげたが、アンナルチアの真っ赤になった顔を思い出してこめかみをぽりぽりと掻く。ニヤニヤする顔を抑えきれず、しゃがみ込んだ。


「はぁ……言うだけは言えた。感触も、悪くなかった、と思うし……大丈夫、だよな?」


 ルークはしゃがみ込んだまま、しばらくうずくまっていたが、よしっと立ち上がりガッツポーズをとった。ザックが今更頑張ったところで、こちらが先制した。


 アニーの返事待ちだが、あの顔を見れば心象は悪くない。嬉しいって言ってくれたし、冬休みにはヴィトン家に挨拶に行って、なんとか婚約だけでも了承を得れば、もう誰にも奪われることはない。


 うおおおっと歓喜の雄叫びをあげたくなるのを抑えて、ルークは熱った頬を冷やすため噴水に顔を突っ込んだ。

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