恋心
期末試験が終わり、結果発表がされた。一年生の首位はもちろんアンナルチアだったが、僅かな点差で二位になったのはいつも通りザック、そして特別教室の生徒が何人か五十番以内に入り込んでいた。
アンナルチアにとっては際どい点差だったが、全体的には快挙である。
まさかここまで結果に出るとは思ってもみなかった学園長だったが、生徒の学力が上がったことに関しては嬉しくもあり、逆に教師たちにはしっかり釘を刺した。教師としていかに上手に教えることができるか、また性格的に教師に向いているのかなど、新学期の前に教師向けに試験も設けることにしたらしく、教師陣から悲鳴が上がり、何人かは自主的にやめていき、逆に応募に応える新人教師も出てきた。
学園の風雲児と認められたアンナルチアだったが、学業以上に本人が狼狽えていることがある。
ルークだ。
生徒会ではもっぱらルークの動向が話題に上っている。
恋を自覚したルークは、端からみても恥ずかしいほど押しまくりである。
気づいているのかいないのか、とろける様な笑みをアンナルチアに向け、可愛い、可愛いと連呼する。それを咎めるでもなく、嫌がるでもなく、ただ顔を赤くして俯くアンナルチアが可愛らしく、誰もが脈ありと温かい視線で見守っていた。
アマリアに至っては毎日頬を薔薇色に染め、「下手な恋愛小説よりも面白い」と隠れて様子を窺っている。
そんな暇さえあれば、「私のアニー」と撫でくりまわしているアマリアだったが、嫌な噂を耳にしてルークに注意を促した。
「私の妹がまた何か画策しているみたいなの。あの子は今黒星二つだから、下手なことはしないと思うのだけど…。アニーを目の敵にしているから心配で」
「ああ…。リリシア嬢か。まだ一年生の段階で既に星二つ、先がやばいな」
「ええ、本当に。姉としてもやりきれない部分はあるのだけど。早く婚約者でも見繕って落ちつてもらわないと」
「……もらってくれる家はあるのか?」
ため息をつくのはアレックスだ。高位貴族の間では彼女は既に要注意人物で、嫡男たちには『近寄るな危険』と内密にお触れが出ているらしい。
「下級貴族でも、受け入れてくれるのなら侯爵家から融資はする、とお父様が今まさに奔走しているわ。じゃなかったら後妻に入るか、修道女になるかしかないもの」
ということは、私が婿入りした暁にはリリシアは既にいないということだな、とアレックスは念を押してアマリアに確認していた。アレックスは第二王子とはいえ、それほど権限を持っていない。国王は未だ持って健在だし、王太子は結婚真近、王太子妃は隣国の王女ときていてしかもやり手だ。公爵家の血が王家に近すぎて政治に関与しないと一線を引いているせいで、同じ勢力に位置する侯爵家も公爵家を上回るほどの力は注いではいない。微妙なバランスの上に成り立っているのだ。
そんなわけで、いかに侯爵家に婿入りするとはいえ、第二王子が王家の力を使ってリリシアの嫁入り先を決めるわけにもいかないのが現実だった。下手をすれば、アマリアとの間に男児が生まれなければ、リリシアを第二夫人にするか、彼女の子供を侯爵にするしかない。自分の子種に問題がない事は検査でわかっているし、アマリアも規則正しく月の障りは来ていると聞く。だから、リリシアが必要になることは無いはずだ。だが万が一ということもある。
あんな全く好みでは無い女相手を閨の相手に見られるのか。アレックスは自問する。
答えは否だ。
それだけではない。第二王子の立場として王太子である兄が結婚して男児ができるまで、アマリアと結婚すらできないのだ。もし王太子と妃の間に男児ができなければ、下手をすればアマリアを第二夫人として取られてしまう。あるいは兄を廃太子にして自分が王太子になり、王太子の現婚約者を自分が娶らなければならない。そうなれば、アマリアは別に婿を迎えるか、兄が代わりに婿入りすることになる。それだけは絶対許されない。アレックスはアマリアを愛している。
アレックスは頭を左右に振った。
こんな馬鹿げた法律は変えるべきだろう、と思う。政略結婚は我慢できる。だが、自分が妻にと望んだ人を、婚約者でもある彼女を横から掻っ攫われるのはたとえ兄だとしても許せない。それならば、兄ではなく自分が王になり、アマリアを妃とする。現王太子妃は公爵家の養女にでもなんでもしてしまえ馬いい。いや、よくないが。
「アマリア、私は貴女以外の女性は求めないよ」
「あらあら。第二王子が何をおっしゃるの」
「貴女は兄にも興味があるか?」
「まあ、嫌だわ。ナターリエ様とフロイド様の間に私が入れると思って?」
「そうではない。私が嫌なんだ。君を手放すなんて考えられない」
「何を心配なさってるの?」
「君の妹だよ。もし私たちの間に子供が生まれなければ、私は君の妹を第二夫人にしなければならないかもしれないと思うと、今すぐにでも君を抱きたくなる」
「あらまあ」
困った人ね、とアマリアは笑う。そんな様子をルークをはじめ、ソルもリンダもまたかという目で見ては流し、アンナルチアは真っ赤になってときめく瞳で二人の様子を眺めていた。
「そんなことには絶対ならないから、安心してちょうだい」
と影で呟くアマリアに誰も気がつくことはなかった。アマリアはこれでいて、争奪戦を勝ち抜いてきた勝者なのだから。アレックスに近づくどんな仄かな想いですら見過ごすことはなく、笑顔で叩きのめしていく、それが侯爵令嬢たるアマリアなのだ。
* * *
そんな姉の裏の顔を知らないお花畑頭のリリシアは、今日も悪知恵を捻り出していた。
「相変わらずアレックス様はお姉様ばかり。期末試験の結果は散々だし、トマスもいつの間にか姿を消しちゃったし。どこいっちゃたのかしら。もっとあの貧乏伯爵令嬢を貶めないと、私の株も上がらないというのに……!ほんと、役立たずしかいないんだから、やんなっちゃう」
公にされる期末試験の結果は上位百位まで。それ以下は目くそ耳くそを笑うとばかり公表もされない。まあ、どんじりの成績が侯爵令嬢だなんて目も当てられないから、問題ないけど。今回のテストはやけに難しかった。それもこれもアンナルチアのせいに違いない。
全く筋違いな恨みだが、そう思うと、なんとかして彼女を引き摺り落としたいと思うのがリリシアだ。成績ではどう逆立ちしても勝てないのは流石のリリシアもわかっているので、何かしら勝てる要素を探す。
「まずは家格。それからやっぱり見た目、かしら」
見た目には自信があるリリシアは、ツルペッタンのアンナルチアの体つきを思い浮かべ、ニヤリとほくそ笑み、鼻の穴を広げた。
「あの子の周りにうろついている、ルーク・エドモントン。せっかく噂を流したのに、全然絡んでこないわね……。貧相なのが好きなのか、それともまだ噂に気付いていないのか。もう少しわかりやすく私から仕掛けた方がいいのかしら……?」
私は侯爵家の次女。彼女は貧乏伯爵家の長女。
私は誰が見ても鼻の下を伸ばす様な美貌の持ち主。彼女はどこにでもある様な顔の持ち主。
私はボンキュッボンのナイスバディ。彼女はツルペッタンのおチビさん。
「どう見たって、私の方がいいじゃない。おほほほほっ」
ルーク・エドモントンの容姿はきっちり覚えていないが、ブサイクではなかったはずだ。赤っぽい髪の色と琥珀の瞳。背は高かったし、アレックスの側近なんだから、剣の腕は間違いないはず。全体的に赤茶色っぽいので覚えていないのだ。何せリリシアの理想の王子様はアレックスなのだから。
王家の色の金髪とサファイアブルーの瞳。爽やかな笑顔と、甘い声。どれをとっても理想の王子様。だが、忌々しくも姉に盗まれた。手を替え品を替え取り返そうとしたが、どれもうまくいかず王子接近禁止令まで出されたことがあった。それのせいで生徒会にも入れず、牽制され続けているが、きっと姉が裏から手を回しているのに違いない。
「ともかく。今はアマリアよりもアンナルチアだわ。アレックス様の温情まで独り占めして、ムカつくったらない、あの女。絶対屈辱を味合わせてやるんだから」
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