意識

「あ、あの。ルーク先輩…」


「ルーク」


「る、ルーク、か、髪を」


「うん?ああ、アニーの髪は豊かでさらさらしてるのに、しっとりしてていい匂いがする」


 キスを落とした髪に鼻をなすりつけ、くん、と匂いを嗅ぐルークにアンナルチアは目に見えてオタオタした。


「トマスに殴られたって聞いたんだけど、まだ痛い?」


「えっ、いえ。全然もう、大丈夫で……」


 そう?と言いながら髪を掴んでいたルークの指がするりとアンナルチアの頬を撫で、微かに親指が唇に触れた。びくりと体を硬直させ固まってしまったアンナルチアにうっとりと熱のこもった瞳で見つめるルーク。一体何が起こっているのか、アンナルチアは困惑して汗が噴き出してくる。


「二度と、こんな目には合わせないよう目を光らせておくから」


「ひ、ヒェ」


「アニーも無茶をしないでほしい」


「わ、わか、わかり」


「君のご両親にご挨拶に伺ってもいい?」


「はい?!」


 ご挨拶?なんの!?


 口をパクパクさせ声にならないアンナルチアを見て、ルークは吹き出した。


「………あー、ごめん。先走った。挨拶はまた今度。もう少ししたら僕の方も色々落ち着くから、それまで待っててくれる?」


「は、はぁ……?」


「アニーが可愛すぎて、ちょっと揶揄っちゃったよ。顔真っ赤っ赤だよ」


 茹で蛸のように赤くなった自分の頬を抑え、きっとルークを睨みつけた。


「揶揄うなんてひどい!びっくりするじゃないですか」


「ふふっ。一応、意識してもらいたかったし。満更でもなさそうで安心した」


「そ、そ、そういう、事をですねっ!が、学園内ではやめてくださいっ!」


「学園の外ならいいって事だね」


 にっこり笑うルークに、またしても真っ赤になって勢いよく席を立った。


「違いますっ!」


 ルークは笑いながら、立ち上がり教材の入った箱を抱え上げた。


「お姫様、どうぞ」


 と、アンナルチアを扉へ促し、待合室を出た。そのまま特別室まで一緒に歩いていくところでアマリアとアレックスにも出会い、特別室へと向かった。顔が真っ赤のままのアンナルチアを見てアマリアもアレックスもルークを顔を見る。さりげなく視線で「どうなの?」と聞くとルークが少し目元を赤らめ視線を逸らしたので、二人ともにんまりと笑った。あとでしっかり聞き出そうという魂胆だった。


 特別室は一年の校舎ではなく、生徒会室のある教員舎に用意された。これは、オリビアのために配慮されたようなものだ。他の生徒たちも、イジメとまではいかないが何かしら問題のある生徒たちだったため、一年の校舎から離れた方がストレスがなく、また監視の目も光らせることができるための処置だった。


 それぞれの学科の教師を特別に配置することはできなかったため、教員を目指す特別科の生徒が補助に入り、時間のある教師が常にクラスにいる状態で、アンナルチアのクラスは始まった。

 期末試験の内容を中心に勉強していく中で、内気だった生徒たちが徐々に笑みを見せるようになり、質問や疑問を教師やアンナルチアにも言えるようになった頃、クラスは解散となった。


 自信を取り戻した生徒たちは、元のクラスに戻ることに不満を漏らしたが、学園の外に出れば、常に味方ばかりの世界にはいられないと諭され、皆が訓練の場として挑戦することに同意した。不安や不満があればいつでもアンナルチアや生徒会に相談すればいいと促され、生徒たちは渋々ながら元のクラスへと戻っていった。


 こうしてアンナルチアの奉仕活動は幕を閉じた。


「ルークのノートのおかげで試験勉強がすごく捗りました。ありがとうございます」


「いや、役に立ててもらえてよかった。アニーの教え方は斬新的でわかりやすいと評判だったみたいだよ?特別科の人たちも驚いてた」


「えぇ、大袈裟な。ルークのノートのおかげですよ」


 期末試験も終わり、生徒会にようやく戻ってきたアンナルチアは、学園の生徒会主催の最大パーティである恩赦祭に向けて忙しく走り回っていた。


 これは、黒星をもらった人たちが全校生徒の前で懺悔をして認められれば、黒星を取り下げることができる年に一度のお祭りだ。

 今年は第二王子が在学中ということで、アレックスがその聞き役になる。法王のような衣装を身につけ裁きの杖と宝玉を手に持ち、生徒の懺悔を聞く。減刑ができるのかどうかは学園長の采配によるものだが、形から入るそのパーティは案外生徒から人気がある。

 もちろん黒星をもらった生徒が自主的に懺悔をするということが前提なので、全員が全員懺悔をするわけでもなく、中には婚約者のいる身で浮気をしたが許してほしい、というものまでいるのだとか。


「で、この宝玉っていうのがスイッチを入れれば光るっていうトリック付きのもので、これが光れば罪が減刑される、あるいは許される、って意味で、逆に杖から雷のような光がほと走れば、却下というわけなんだ」


 アレックスが嬉々として説明をしているところへ、アンナルチアがコクコクと頷きながら感心する。


「すごいですねえ」


「だから法王のようなだっぷりとした服をくる必要があるんだよ。こういうケーブルを杖と宝玉に繋げて、スイッチは学園長が持つんだ」


「……なんていうか、馬鹿げたことにすごい執念を感じるのよねえ」


 というのはアマリアだ。


「馬鹿げてるって、なんでさ」


 ソルもルークも不満げに口を尖らせている。男子組はからくりにロマンを感じるようで毎年楽しみにしているようだったが、アマリアは「大げさねえ」と呆れ、リンダは「別のことで予算を使った方がよっぽど有効性がある」と愚痴った。


 アマリアは衣装を用意するために針子を頼まなくてはと商店の連絡先をめくり、リンダは予算案を出すのに鉛筆を耳の間に入れ、眉間に皺を寄せている。ソルは宣伝のビラを作り、舞台の看板などを用立てているため、ルークとアンナルチアが当日の食事や飲み物の注文や采配、進行予定を確認することになった。



「ねえ、アニー」


「はっはい、なんでしょう」


「なんか、意識してる?」


「はっはい、そうですね!あっ……いえ!違います!」


 ひと月前の『髪に口づけ』の件以来、アンナルチアはルークと二人きりになる事を避けていたのだが、それを指摘されて、真っ赤になって俯いてしまうのだった。

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