間話:トマスの困惑
学園を退学になり、トマスは憤慨して周りに当たり散らした。
「俺が何をしたというんだ!偉そうな女を嗜めようとしただけで、騒ぎ立てやがって!そもそも、暴力を振るわれたのは俺の方だぞ!」
「偉そうな女、と馬鹿にしているようだけどな。その女から俺たちはみんな生まれてきてるんだ。女だからって馬鹿にするのも大概にしないか」
俺を取り押さえた騎士が呆れたように吐き出した。
学園から追い出されて実家に帰ったはいいが、ほとんど同時に騎士団が押しかけてきて、親父が連れて行かれた。唖然とする俺をよそに親父の執務室や寝室をひっくり返していたところで、母親が保護された。しばらく見ないと思っていたら、物置部屋に監禁されていたらしい。どうせまた親父を怒らせるようなことをしたに違いない、と思っていたら俺も後ろ手に縛られて、尋問室へ連れて行かれた。
「お前の母親が監禁されていたことは知っていたか?」
「監禁?どうせまた下手なことをやらかして親父を怒らせたんだ。あいつ、役に立たない女だから仕方ないだろう」
「お前!それが自分の母親に対する言い草か!」
「なんだよ。役立たずなんだから仕方ないじゃないか。女なんて子供を産んだら用済みだ。食わせてもらえるだけありがたいと思うべきだろ」
「なっ!!どういう教育を受けたらこうなるんだ!?」
騎士たちは憤慨して頭を掻きむしり、納得がいかないという顔をして尋問室から出て行った。
「おい、枷を外してくれよ。俺は何も悪いことなんかしてないだろうが」
「悪いことをしたとすら思っていないのか…。これは、由々しき問題だぞ」
なんだっていうんだ。女は躾けなければ我が儘になって、金を食い潰す。それを正してやろうとしただけでこの扱いだ。どいつもこいつもわかってない。ちょっと綺麗な女だからって騙される男がこの世に大勢いると親父も言っていた。そのせいで、財産を無くしたり爵位を無くしたりする情けない男が多いと。泣いたり甘えたりして生き血を啜るようなものが女だというのに、大抵の男は気が付かず媚を売る。全てを無くして初めて気がつくなんてバカの極みだというのに、全くどいつもこいつも腑抜けばかりだ。
あの生徒会の女は特に腹立たしい。澄ました顔で人を見下したような目つきが、なぜか癪に触った。剣も使えて頭も良くて、頼りになると言われ、いい気になってるような女だ。
は、ふざけんな。
図に乗って生徒会の権力を振りかざして、挙句に男に手をあげるような暴れ馬だろうが。いや、馬の方がまだ可愛い。あれは野生の猿だ。女と呼ぶのですら烏滸がましい。
そんなことを考えていたのに、親父は悪徳高利貸しの商売で捕まった。その上、家庭内暴力と監禁罪、不正行為に次いでの横領罪、保護責任者遺棄罪とかなんとか、たくさんの罪状で十五年の強制労働を課せられたらしい。その後も観察期間は二十年とかで、俺との接触も禁止令がなされた。死ぬまで親父に会うことが許されないとか、マジか。
国で保護された母は、サナトリウムで養生すると聞いて、ガラス越しに会いに行った、というより連れて行かれた。ベッドに横たわる母親は骨と皮になり、醜くかった。あれがお前の父親の所業だと言われても全くなんの感情も湧いてこない。醜くても国に保護されて、生きてるじゃないか。役に立たないものをなんで保護する必要があるんだ、と聞いたら殴られた。
「ならばお前は役に立っているとでも言うのか!」
「役に立つように学園に入ったんだろうが。それをあの女が台無しにした」
「その学園でお前は何をした!?」
「何って……」
役立たずで生意気な女を調教しようとした、といえばまた殴られるから俺は口をつぐんだ。
誰に聞いても、お前は間違っている、常識を学べ、女性を見下すなと叱咤される。俺たち男が優位に立つべき世界で何をおかしなことを言っているのか。女は子供を産むための道具でしかないじゃないか。それだけのために生かされている。そうだろう?
だが、それから俺は個室といえば聞こえはいいが、独房のようなところに入れられた。朝4時半に起こされて、市場へ連れて行かれ、そこで魚や果物、野菜を売る人々の生活を見せられた。
男も女も働いていた。
スープを作って、来る人来る人に渡しているババアがニコニコしていた。男たちもにこやかにそれを受け取って礼を言っていた。
あのババアはそうやって媚を売って長生きしてるのか。考えたもんだな、女のくせに。俺にも一杯手渡され、仕方なく食べてみると案外うまくて体が温まった。
その後、農家に連れて行かれ、そこでも牛や羊の世話をする男女を見せつけられた。馬に乗って牛を誘導する女がいた。鶏やアヒルに餌を撒く少年とそれより小さな女の子もいた。豚に押されて転んだ女の子を男の子が慌てて抱き上げ、肩車をした。
「なんで、あんなことするんだ?」
「可愛い妹だからな。怪我をしないよう肩車をしてやったんだろう」
「妹……」
それから、街に戻る途中で、荷車に野菜を積んで運ぶ若い夫婦に会った。男が御者台に座りロバを操り、女が荷台に座って歌を口ずさんでいた。
「男に荷を引かせて、女は何もしていないじゃないか。アレは女を売りにいくのか」
「バカか!それが役割だからだよ」
「役割?」
「あの夫婦はこれから市に行って自分たちで作った野菜を売るんだ。男は野菜を運んだり積んだりするのが仕事、女はそれを売るのが仕事、と決めているのだろう」
俺に一日中ついて歩く役人がそう言った。
「女が仕事をするのか」
「そうやって役割分担をするんだよ。男は女よりも体がでかいから、力仕事を夫が買って出る。女は客と話して自分たちの売り物を売り込んだり、調理をして売ったりするんだよ。もちろんその逆もある。要は適材適所で仕事を分担するんだ。そうやって助け合って、人は生きていくんだよ」
「女は、子供を産むだけが仕事じゃないのか」
「鶏じゃあるまいし、そんなわけあるか。そもそも、男がどれだけ威張り散らしても妊娠することはできない。子を授かるというのは神聖なことなんだ。俺たちがこうして大きく丈夫に育つのも、母の乳と愛情あってのものだ。自分の子を育んでくれる妻を愛し守ることこそ男の仕事だと自分は思うがな」
「……それじゃあ、なんで俺の親父は母親をあんなふうに扱ったんだ?母は、親父の妻なんだろう?」
「さあな。自分には理解できないよ。お前の親父さんが腐りきっていたことだけは確かだけどな。お前のお袋さんを虐待してお前に間違ったことを教え、息子が歪んでいくのを放置していたことは人間として、男として、親父として、許せたことじゃない」
「……じゃあ、俺は、今まで何をしてきたんだ」
「……まあ、お前がしてきたことは間違っていたってことだ。そうやって育ったのはお前のせいじゃないからな。これから間違わないように市井を見て、しっかり目に焼き付けていこう」
「間違っていたのか、俺が」
ロバを引きながら、女の歌に合わせて拍子を取る男がやけに嬉しそうなのが印象的で、そんな感情がわからない自分がやけにちっぽけに見えて、トマスは口を噤んだ。
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