奉仕活動

 トマス・ベッカー男爵令息が学園から姿を消した。



 それからケヴィンがアンナルチアに面会を求めてきて、オリビアと婚約をしたと言った。トマスから彼女を助けてくれてありがとうと礼も言われ、目を白黒とさせてしまった。


「婚約、おめでとう?」


「ありがとう。ミネルヴァは俺の幼馴染で、もともと親同士の約束だったのだが、最近のミネルヴァは昔の彼女からは考えられないほど歪んでいただろ。友達を選べ、と苦言もいったんだけど聞いてもらえず、疎遠になっていったんだ。まあ、トマスと連んでいた俺も馬鹿だったけどな。オリビアがトマスに絡まれた時、入学式の日にルークさんに言われたことを思い出したんだ。『友達の悪しき行いを正すことができないのであれば、一緒に連むことはやめた方が良い』って。それで喧嘩になったんだが、あいつは聞く耳を持たなくて、俺とオリビアの噂を流したんだ。まあ、それがきっかけでミネルヴァとの婚約を解消して、オリビアと改めて婚約を結ぶことができたのは幸いだったけど。……ああ、それと、入学式の時は、本当にごめん。謝罪が遅くなって申し訳ない」


 そういうケヴィンの隣には、照れ臭そうにはにかむオリビアがいた。


 今回のことで、トマス・ベッカーの貴族らしからぬ態度が大々的に問題になり、婦女暴行未遂、暴力沙汰に加え、危険薬物の保持、恐喝などで退学になり、事件の重さをみた学園長からの指示で自宅にも役人の手が入り、親の悪事までも暴露された。


 ベッカー男爵は取りつぶしになり、男爵は15年の強制労働の処罰を受けた。トマスの母は、ほぼ監禁状態で日常的に暴力を受けており、保護された。トマス自身は歪んだ家庭で育ったが故、情状酌量され、また未成年だということもあり更生施設に送られたらしい。更生施設では平民として生きられる教育もなされているようだ。


 そしてアンナルチアはといえば。


「生徒会役員とはいえ、一人で事件に対処し、あまつさえ暴行を受けたにも関わらず報告を怠り、三日も寝込む事になった。これは生徒会役員としての義務を放棄し、独自の判断で動いた事による不祥事だ」


「……はい。申し訳ありません」


 寝込んだのは、風邪をひいたせいですが。とは言えず、口をつぐむアンナルチアに学園長は目を釣り上げた。


「これにより、アンナルチア嬢には黒星を一つ与える」


「……はい」


「加えて三日間の謹慎、その後一ヶ月の奉仕活動を義務付ける。その間の生徒会行事随行は認められない。君の開けた穴は生徒会役員が補充にあたる。つまり君は生徒会にも連帯責任を負わせたことになる。わかるね?」


「……はい。皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ございません」


「とは言え、君は三日間すでに風邪で休んでいたから、謹慎はそれでよしとしよう。今日から君には通常クラスではなく、特別クラスで授業を担当してもらう」


「はい…え?はい?担当?」


 学園長はニヤリと笑い、こくりと頷いた。


「君はどうも独りよがりに動くきらいがある。だからもう少し人との交わりを大事にしてもらうため、特別クラスを用意した。もちろん補佐はつけるが、期間は一ヶ月、特別クラスに参加する生徒たちと有意義な時間を過ごしてもらおう。もちろん彼らの期末試験の対応も君にお願いするとしよう。君の担当するクラスは8名。全員の期末試験の結果の上昇を期待しているよ」


「ええっ!?」


「もちろん彼らの成績が上がらなかったからといって君を罰することはないから、安心したまえ」


「ええぇ……」


 まんまと学園長の罠(?)にハマり、アンナルチアは一ヶ月の特別クラスを担当する事になってしまった。そこには、オリビアをはじめとし、ケヴィンやその他、トマスの被害にあった生徒たちがいた。ほとんどは最下位クラスの生徒たちであり、黒星のついた生徒たちだった。


「アニー、一体何をしたんだ?」


 処罰について誰かに聞いたのだろう、ルークが教室まで心配をして見にきてくれた。


「ルーク先輩、いやあ、黒星をもらいまして」


「聞いたよ、でもそれはアニーのせいじゃなくて不可抗力だろう?」


「いえ。トマス君に喧嘩をふっかけたのは私ですし、きちんと報告もしませんでしたから」


「……喧嘩、ふっかけたんだ?」


「ちょうどイライラしてたのでいい吐口になってもらったんですが、後悔してるんです。トマス君が退学になってしまって、彼の人生を台無しにしてしまったなと。それから私、生徒会室にも顔を出せないので、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんと皆さんにも伝えていただけますか?一ヶ月の奉仕活動が終わり次第、ちゃんと謝罪に上がります」


「生徒会については気にしないでいいよ。ずっと五人で回してきたしね。でもまあ、トマス君の場合は遅かれ早かれって感じだったから、アニーのせいでもないと思うけど。それで?僕に手伝えることはあるかい?」


「いえ、あの、ザック君やスカーレットさん、グレイスさんも手伝ってくれてますから」


「……だったら尚更、僕も手伝うよ」


 少し眉を寄せてボソリと呟くルークの言葉がはっきり聞き取れず、アンナルチアが聞き直すが、すぐさまルークはパッと表情を変えて手を叩いた。


「そうだ、僕が一年生だった頃のテスト攻略ノートがあるんだ。参考までに見てみる?」


「それは、助かります。いいんですか?」


「もちろん。確かまだ寮の本棚に入ってるはずだから、手伝ってくれる?」


「ありがとうございます。それじゃ遠慮なく…あ、でも男子寮に私は入れませんよ」


「待合室で待っててくれれば、箱に入れて持ってくるから」


「わかりました」


ルークはすぐさま一年の頃の教材とノートを二箱分くらいに入れて持ってきた。


「わ、すごい。こんなに綺麗に保存していたんですね」


「ああ。いつでも復習できるようにしてたんだよ。何せ特別科の試験は一年の授業からも出てくるからね」


「わあ…それは大変そうです。大事に使わせていただきますね。ありがとうございます。お礼に何か、私にできることがあれば教えてください」


「お礼なんて……アニーの役に立てばそれで嬉しいし」


「そんなこと言わずに。あ、でも私お金は持っていないので、何かものをと言われると出世払いになります」


「あはは、そんなこと……。そうだ、それじゃ一つお願いしようかな」


「なんでしょう?」


「……そうだな、まずはルーク先輩じゃなくて、ルークって呼んで?」


「えっ……」


「だめ?」


「え、えっと。だめ、じゃないですけど、どうして、そんな」


「アニーの特別になりたいから」


 そう言って、髪を一房手に取りキスを落としたルークをみて、アンナルチアの顔は火を吹いたように真っ赤に染まった。



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