オリビアの告白
「た、退学、ですか?」
青ざめたオリビアが吃りながらそういうと、学園長は眉を下げてうん、と頷いた。
「もちろん、これに関して事実を述べてくれれば加味し、免除される可能性もあるよ。だが無言を貫くのなら肯定と見做し、それ相応の対処を受けるのは当然だよね?」
学園長にそう言われ、オリビアはまた俯いた。そして何度か顔を上げては俯き、覚悟を決めた。
「わ、私の父は、体を壊して寝たきりなんです…」
震える声でオリビアは話始めた。
一年ほど前、ちょうどオリビアが学園に入学する事になり学費を払うために奔走していた時、公爵家の馬車と接触事故を起こしたのだという。公爵がなぜ市井に降りていたのかはわからないが、その事に非常に腹を立てた彼は、男爵である父を鞭打ちにした。男爵は領地を持たなないため、市井で店を開いていたのだが、公爵への迷惑料として店の売り上げの何割かを毎月、取り上げられている。
そこにきて、鞭に打たれた傷が炎症を起こし、細菌感染症を起こしてしまった。その薬代は高価で、とうとう母が出稼ぎに出る羽目になってしまったのだ。オリビアは奨学金制度を取るために頑張ってみたが、到底叶わず学園に入ることを断念しようとした。だが、母はただでさえ男爵位という低い地位で貴族との関わりをなくして仕舞えば、オリビアは平民に嫁ぐしか無くなってしまう。だから、母はオリビアに高位貴族と知り合い仕事を便宜してもらうか、良いお相手を見つけなさい、と告げたのだった。
かといって人見知りが激しく内気なオリビアは、高位貴族どころか同等の子息令嬢とも知り合えず一人でいることが多かった。そこへきて、リリシアに目をつけられた。内気で陰気臭くうざったい、という理由で何かにつけて文句を言われた。そのうち、顎で使われるようになり、それに追随しなければクラスの中で辱めを受けるのだった。
「大抵は、嫌味を言われたり、貧乏人と言われたり、小テストの結果を取り上げられて大声で暴露されたりだったので、我慢もできました。でも、二ヶ月ほど前にトマス君に薬品室に呼び出されて、そこで、その、ほ、奉仕を強要されたんです」
「奉仕?それは、つまり」
「その、はい。それが嫌なら、薬品を顔にかけると、脅されて」
「…!それで、君はどうしたんだい?」
「その、その薬品が何かはわからないし、もし跡に残るような薬品だったら、それこそ平民ですらお嫁に行くことはできないから、怖くて、仕方ないと、諦めて、それで、トマス君は、私に踊り子のように、服を脱ぐようにと」
そこまでいうとオリビアは顔を覆って泣き出した。
「……なんてことを、」
学園長は眉を顰め、拳をぎゅっと握りしめた。
「で、でも、でも私が、服を脱ぎ始めたところで、ケヴィン君がきて、馬鹿なことをするなってトマス君を叱咤して、それで二人が喧嘩になったんです」
「ケヴィン君は、私を助けて黒星を一つもらったんです。本当は、彼は悪くないんです。でも、私の対面を気にして、何も言わずに黒星を受けて、そのあとすぐに噂が流れたんです。私とケヴィン君が不貞を働いて、婚約者であるミネルヴァさんとの仲を引き裂いたと」
何もなかったのに、彼は助けてくれただけなのに、とオリビアは泣きじゃくった。
「わかった。オリビア君、よく話してくれたね。君は心配しなくても良い。ひとまずケヴィン君にも確認のため話を聞こう。それによっては、彼の黒星も君の黒星もなかった事になる。それに関しては嘘偽りはないね?」
「ありません」
「ふむ。では今回のアンナルチア嬢との関わりについてはどうだろうか?水を浴びせられたのは、君とアンナルチア嬢で間違いはない?」
「は、はい。あの、アンナルチアさんは悪くないんです。私を庇ってくれて、リリシアさんとアシュレイさんにも言い返してくれました。私が、もっとはっきりした態度をしていたら、トマス君と喧嘩になることもなかったかもしれません」
「リリシア嬢は、君がアンナルチア嬢に水をかけ、言い争っているところへ仲介に入ったといっていたが」
「な、そんな!う、うそです。私はそんなことしていません」
「うん。アンナルチア嬢も君は被害者だといっていたしね。君に水をかけたのはアシュレイ嬢で間違いないね?」
「はい。間違いありません」
「わかった。真実を話してくれてありがとう。この事件の結果が出るまで君は一人にならないほうがいいだろうから、しばらくクラスへ出るのは控えたほうがいいね。特別教室を開くから……そうだね、アンナルチア嬢としばらく行動を共にしてもらおう」
「えっ……でも、あの、私、馬鹿だし、アンナルチアさんに迷惑を、」
「彼女は優秀な生徒会役員だ。そのくらいは寛容してくれるはずだよ」
「で、でも…私なんかと一緒にいたら彼女の方が…あ、あの方に迷惑をかけたく、ないんです」
「……ねえ、オリビア君。勉強ができる、出来ないというのは人生で大した問題ではないんだよ。学園長として言ってはいけない事だけどね」
オリビアはキョトンとした顔をして学園長の顔を見上げた。
「確かに勉強の出来不出来は学力審査の一つの方法であるが、勉強ができるからといって、素晴らしい人物とは限らないだろう?人生において学園で習ったことが全て役に立つかと言えばそうでもない。
平民の中には素晴らしい能力を持って大富豪になる人物もいるし、斬新なアイデアを生み出して一流レストランを開いた人もいる。学力は関係なくね。
学園は、自分が得意とするものを探す場所として考えられないだろうか。あるいは、君の人生に影響を与える友人を見つける場所でもあると。
僕はね、君に生きる術を学んでほしいと思うんだよ。貴族界ではね、黙っているだけでは、食い物にされてしまうし、女性だと言うだけで言いなりになっていいように使われるだけでは、君の望むようにことは運ばない。
幸運にも君は二度も危ないところを友人によって助けられた。だが、いつでもどこでも助けが入るとはいえないだろう?信頼できる人脈は何よりも君の助けになるし、誰かに影響されることも若いうちだからできることだ、と思うんだよ」
「友人…」
「アンナルチア嬢は、確かに頭がいいし勉強ができる。だけど彼女は人を信頼して頼ることを知らない。生徒会に入っても一人で頑張っているだろう?僕には彼女がとても孤独に見えるんだが、どうだろう?」
「……でも、生徒会の皆さんは、」
「うん。生徒会の面々は素晴らしいよ。でも彼らはいずれ卒業してしまう。そうなった時、在校生の中に彼女にどれほどの助けがいるだろうか」
オリビアは口を噤んだ。
「わ、私、に、彼女の、友達になれと?」
「お互いのためになると思うが、どうだろうか」
無理強いはしないが、よく考えてくれたまえ、と学園長は笑っていった。
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