忠告
ルークがせっせと恋心を募らせている裏側で、アンナルチアはまたしても女生徒に囲まれていた。
(全く、懲りもせず今度は何かしら)
「ねえ、生徒会役員さん。トマス君が退学になったの、あなたのせいなんですってね」
「いいえ。自業自得だと思いますが」
即答で否定をしたものの、女生徒たちは睨みつけたまま、円団を縮めてくる。アンナルチアは面倒くさいなあと思いつつも、気を緩めることなく四方に視線を巡らせた。
ふと、建物の影からオリビアが青ざめてこちらを見ているのが目に入り、視線で合図をした。
(先生か、生徒会役員を呼んできてくださる?)
と、言いたかったのだが、理解したのかオリビアは踵を返して走り去っていった。試験も終わり、今週末は恩赦祭があるため生徒会は忙しく、それぞれが準備に忙しく走り回っていたため、アンナルチアも例に漏れず、段取りをつけながら会場の確認をしているところだった。
「あなた、トマス君にコナをかけておきながら、振り向いてもらえないとわかったところで切り捨てたんですってね」
「はい?私が?何の粉をトマス君にかけたと?」
苦々しくそう言った令嬢にキョトンと言い返せば、ちっと舌を鳴らし、カマトトぶるんじゃないわよ、と言い返された。
「カマトト……?」
この令嬢の言ってることがさっぱりわからない。アンナルチアはパチパチと瞬きをして令嬢を見つめると、彼女は真っ赤になって怒り出した。
「だから!私が言いたいのはね!男性に媚ばかり売るんじゃないわってことよ!」
ああ、なるほど。さては例の噂がまだ出回っているのかしらね。アンナルチアは納得して頷いた。
「売ってませんよ。どこかで流れた噂なんでしょうが、私、男性に今のところ興味はありませんし、生徒会の仕事と勉強で忙しくてそれどころじゃないんです。噂は単なる噂ですのでご安心を」
「安心できないから言ってるのよ!これだから勉強ばかりで四角四面の女狐は困るのよね!」
唾を飛ばしながら喚く生徒に合わせるように、そうよ、そうよ、と周りも囃し立てる。見れば、二年生や三年生も混じっている。恋愛ばかりで理解できないピラニア軍団のあなた方の方が困りものですがね、と心の中で悪態をつく。
「……わかりました。ではお伺いしましょう。どこに安心できない要素があるのでしょう?私は男性に興味がない、生徒会と勉強で忙しい、と理由を述べました。トマス君は残念ながらこの学園にはすでにおりませんし、いない男性に媚びは売れませんよね?まさか、先輩方まで噂を信じて、私が生徒会役員の先輩方に色目を使っていると思っているわけではないでしょう?」
「そのまさかよ!」
はあ。くだらない。
「では、申しますが。まず生徒会会長であるアレックス先輩と、アマリア先輩はご婚約者同士です、それはご存知ですよね?王家の決めたご婚約です。私などが同行できる問題ではないのはお分かりになりますね?
ソル先輩はご婚約者はいないと伺っておりますが、子爵家のご長男ということでお家の方から婚約者をあてがわれるので、学園では特別な方を作らない、と聞いております。こちらもよろしいでしょうか?」
アンナルチアが『伝えても構わない情報』を告げると、何人かが「え?そうなの?」という顔をしてお互いの視線を交わしていた。
「リンダ先輩は女性なので、皆様ご心配はしていらっしゃいませんよね?あとは、ルーク先輩ですが、第二王子殿下の側近ということで、王宮騎士になるため日々努力をしていらっしゃいます。来年度は特別学科で騎士道を学ぶようですし、伯爵家の爵位も弟君に譲るという話を伺っています。
ちなみに私は、皆様もご存知の通り、伯爵家の長女でありながら、奨学金制度を受け取りましたので、2年間は最低でも王宮で働かなければなりませんの。ですからこれから少なくとも五年は結婚や婚約は考えていないのですわ。ましてや誰かに媚を売ったり、色仕掛けをしたりなど13歳という年齢で無理があるとは思われませんか」
「……そ、それは、確かに、……そうかもしれない、わね?」
「お姉様方のようにスタイルの良い、貴族らしく女性らしい美しさがあれば話は別でしょうが、私を見てどこにそのような自信があると思われますか?」
「そ、そうね…確かに、寸胴、いえ、つるぺた…えっと、お子様体型、ですわね……?あら?」
令嬢たちは揃って上から下まで私を舐めるように見つめた。
ええ、確かに寸胴、つるぺたのお子様体型でしょうよ。でも、成長期に入ってないだけです。そのうち育ちますよ。……きっと!
眉が吊り上がりそうになるものの、かろうじて笑顔を貼り付ける。
「ちょっと、やっぱりただの噂だったんじゃないの?」
「誰よ、ルーク様に言い寄ってるとか、横恋慕してるとか言ってたのは」
「横恋慕って、誰と誰のですか。立場が違うのに、言い寄るわけないでしょう。皆様、噂に踊らされすぎじゃありませんか?」
「よく見たら、頭がいいだけで何もないじゃない、この子!」
悪かったわね。ないのは胸とお金だけよ。
笑顔を引き攣らせ、拳を握るアンナルチア。
「それより、ルーク様、伯爵家を継がないの?それじゃ、だめじゃない!」
ええ、おそらくピラニア軍団のお目には適いませんねぇ。残念でした。でも伯爵家を継がなくたってルーク先輩は、優しくて頭が良くて強くて素敵なんですよ、皆さん!教えませんけど!
ひそひそ、ボソボソ、私の心の中の感想を横に女生徒たちは口々に言い合った。
「と、兎に角!」
主犯格の女生徒が声を張り上げたせいで、周りもはっとして口を閉じる。
「一つだけ忠告しておくわ。生徒会の副会長であるルーク様は、リリシアさんともうすぐご婚約なさるそうよ。だからあなたも変な噂が立たないように注意なさい」
ルーク先輩とリリシアさんが婚約?また無茶苦茶な噂が。
「……ご忠告、ありがとうございます。ご心配には及びませんが、肝に銘じますわ」
少し困惑気味な令嬢たちではあったが、こくりと頷くと、ではまたね、と言ってそそくさと去っていった。後に残されたアンナルチアはふう、と息をつき、残った仕事の続きをするため踵を返した。
「……これは、生徒会に連絡案件かしら?」
馬鹿馬鹿しいが、噂として報告をしておくべきなのだろうか。
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