最近、おかしな噂が流れているらしい。


 もうすぐ期末試験が始まろうとも言う頃、渡り廊下で足を引っ掛けられそうになって避けた時、その生徒に睨まれた。


「人の恋路を邪魔するなんて、最低ね」


「生徒会役員生はもっと模範的な人物であるべきなんじゃなくて?」


 はい?


 なんのことかと思い、聞き正して見るとどうやら私とルーク先輩のことらしい。何でもリリシアさんとルーク先輩がお互いに思い合っているにも関わらず、私が横恋慕しているのだとか。


「私とルーク先輩は生徒会役員の仲間というだけで、特別な関係ではありませんし、横恋慕をした覚えもありませんよ。誰がそんなくだらない噂を流しているのですか?」


「え、えっと。私たちはそう聞いただけだから、誰が言ってたかなんて知らないわ」


「……そうですか。でしたら、今後そのような噂を聞いた場合、撤回していただけますか?あるいは生徒会に持ち込んでいただいても構いません。それは立派な人権侵害行為ですわ」


「えっ……人権、し、侵害?」


「そうです。違法行為として認められていますよ。まあ、実害は今のところありませんが、その信憑性のない噂によって、著しく人格を傷つけられることによる被害が大きくなると、例えば精神的不調を訴えたり、仕事や役割が果たせなくなったりするでしょう?

 私に婚約者はいませんが、ルーク先輩はどうでしょう?もし彼に婚約者がいた場合、私との噂はマイナスにしかなりませんし、リリシアさんが、そのご婚約者様に横恋慕をしている可能性も出てくるわけですよね。もしリリシアさん自身がそのような行為をしていないのにも関わらず、そのような噂が流れた場合、リリシアさんの人権を著しく害する恐れも出てくるわけです。

 彼女は侯爵令嬢ですから、そのような噂は品格を下げる行為になりますし、訴えられても文句は言えません。加えてルーク先輩も伯爵令息でいらっしゃいます。ご婚約者の存在の有無はともかく、そのような噂を流されて騎士としての道が閉ざされてしまった場合、彼の人生にまで影響を与えるわけですから、それは大きな問題に膨れ上がるかもしれませんよね?

 あなた方が噂を鵜呑みにして、あちらこちらで言いふれ回したことが発覚すれば、あなた方も罪に問われてしまいます」


「そ、そんなっ!ただの噂話じゃないの!」


「その噂話を信じて、実害行為に及んでしまうことが問題だと申し上げているんです」


 実際の話、ここまで大きく話を持っていくつもりはないが、こう言っておけば怖気付いて胸糞の悪い嫌がらせはしてこないと思う。おそらく噂の発祥はリリシアさん自身か、取り巻きのお二方だろう。ルーク先輩にコナをかけている様子は見られなかったけど、先日の件もあるし、やっぱり実は好きだったりしたのかな。

 あの方、ずいぶん生徒会役員になりたかったみたいだし、時々突撃してくるし、知らないうちに睨まれてしまったのかもしれない。


 あれこれ有る事無い事言われているのはあまり気にしていなかったけれど、色恋沙汰に巻き込まれるのは正直面倒くさい。好きなら好きと本人に体当たりすればいいし、わざわざ外枠で荒波を立てなくてもいいのに。


「ともかく、噂は噂。あなた方が何を話そうとそれは自由ですけれど、傷害事件にまでならないようお気をつけあそばせ?痛い目を見るのは、噂を流した張本人ではなく、実行犯のあなた方なのですから」


 ね?とニッコリ笑って小首を傾げると、顔を引き攣らせて彼女たちは頷き、走り去っていった。


「さて、困ったことになりましたわ」


 これは、ルーク先輩に直接聞いてみたほうがいい案件かしら。それともアマリア先輩に伺いを立ててみようかしらね?



* * *


「何それ?」


「僕に婚約者なんているはずないけど!?」


「私はアマリア一筋だ!」


 午後になって、勉強会が始まる前にざっと今日あったことを生徒会室で話題に出してみた。例の渡り廊下の件から、噂を探ってみると、出てくる出てくる、私はすっかり悪役令嬢的扱いになっていた。悲劇のヒロインはリリシアさんで、お相手がルーク先輩だったり、ソル先輩だったり、挙句にはアレックス第二王子殿下だったりしたのには、目を見開いてしまったが。


「ええと、1学年に溢れている噂のようです。どうも私が槍玉に挙げられているようなのですが、どこの悪女だって感じで」


「アニーが悪女だなんて、どこを見て噂を立ててるんだ?」


 案の定、全員が呆れた声を上げた。


「あの、言いづらいんですが、言い出しっぺはどうもリリシアさんのあたりなんですよね。お友達の方なのか、クラスメイトなのかわかりませんが、あのクラスでは私が生徒会役員の男性諸君を手玉に取りやりたい放題、みたいな」


「あんのバカ妹……恥晒しもいい加減にしてほしいわ」


 はあぁ、と大仰なため息をつくアマリアと、それを慰めるアレックスは通常運転だ。だが、ルークは苦虫を噛み潰したような顔で考え込んでしまっていた。


「まあ噂でしかないし、ひとまず今のところ1学年の間だけだし、そのうち消えるとは思うんですが」


「いや、よくない。リリシア嬢には悪いけど、彼女との噂なんて立てられるだけ恥だ。断じて放っておく訳にはいかないだろう」


「恥、よねえ。やっぱり」


「あ、ごめんアマリア。いやでも、君だってアニーを溺愛するくらいだから、それなりに思っているわけだろ?」


「もちろんよー。侯爵家の恥さらし。両親もなんでああなっちゃったのか不思議で、頭を痛めてるのよね。同じ教育をされてるはずなのに、どこかネジが外れているとしか思えないのよ。ほんとに我が妹なのか疑わしいくらい、なんていうとお母様が家出しちゃうから言わないのだけど」


「家庭崩壊まで危ぶまれる次元か」


「そのうち何かしでかして、修道院にでも入れるしかないんじゃないかと思うんだけどね」


「私が婿入りする前に、片付けるべき案件だな」


「ましてやアレックスとの噂まで立ってるなんて、普通の神経を持って言えることじゃないわよねえ。姉の私をなんだと思っているのかしら」


「アマリアはれっきとした私の婚約者で、溺愛しているのというのにね。やっぱりもっと見せつけたほうがいいんじゃないかな」


 アレックスがアマリアの肩を抱き寄せると、即座にアマリアがその手をはたき落とし、ソルがそれを見て苦笑する。


「いや、それ以上見せつけると年齢制限で引っかかるからやめようよ」


 なんだか和やかになってしまったが、その間もルークは渋い顔をして考え込んでいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る