知らなかったこと

 困った様な顔をして笑うアンナルチアを見るザックの目には、恋慕の色が濃く出ていた。恋愛経験のないルークですらわかるのに、アンナルチアはしれっとして「気にしていませんから」といい、それでも助太刀に入ってくれたザックに礼をいう。


 気がついていて無視をしているのか、気がついていないのか。アンナルチアを見る限り、気がついていない様にも見えるが。


「クラスメイトが困っている時は助け合うのが普通だよ」


 などと言いつつ、その頬を緩めるザックの笑顔はまさに恋する乙女。13歳という年齢は男も女もルークから見れば幼く見えるわけで、可愛らしい。間違ってもくみ倒したいだの、触れてみたいだの、ましてや押し倒したいだの思うべき存在ではないはずだ。


 ……いや、そこまで欲情したわけではないけれど。


 けれど、ザックという少年がアンナルチアに恋をしているのを目の当たりにすると、果たしてそう思うのは間違っているのだろうか、とも思う。すでにそんなことを考えている地点で、落ちている様なものだが、ルークはもやもやとした胸の内が分からずにいた。


「ルーク先輩でしたっけ。今のように盛りのついた令嬢に常識を説いても火に油ですよ」


「えっ」


「リリシアさんは明らかにアンナルチアさんに苛立っていたのであって、その相手が誰であろうと絡んでいたと思います。彼女は底辺クラスの生徒で授業態度も真面目ではないですからね。1学年の間では相手にならない様にと、噂に上がるほどです」


「そ、そうなのか」


 侯爵令嬢なのに、すでに引かれていると言うのは流石にまずいのではないか。


「はい。もう少し常識があれば、爵位の高いお家ですから人気も出ると思うんですけどね、我が特級クラスにも時々乱入してくるので、先生からも僕がお目付役に抜擢されるほどです」


「…そうなのか。アレはアマリアの妹だよね」


「ええ。残念ながら」


「そうか。だからアマリアはアニーにベタ惚れなんだな……」


 あまりにも出来が悪いから、現実逃避してるのか。家族としてどうなんだろう、それは。


「わかった。僕からもアマリアに密告しておこう」


 ルークが眉を顰めて唸っている隣で、アンナルチアはザックに話しかけた。


「ザック君、お目付役ってわざわざ先生から頼まれたの?」


「うん。生徒会に入らない代わりにアンナルチアさんを見ててくれないかって」


「ええ、リリシアさんじゃなくて私の方?なんでそんな」


「学園長が言うには、この学園は実力主義を謳ってはいるけれど実際のところ、外の社会と切り離されてはいない。僕らは親を見て育っているから、男尊女卑や爵位差別がまだまだ頻繁にある。こういうことは正されるまで時間がかかることだから、秀でた才能を持つ女生徒にやっかむ男子生徒や、高位貴族の子息子女からの重圧、派閥の対抗などで大切な芽が潰されてしまわない様、できる範囲で守ってあげて欲しいと」


「それでザック君が?」


「僕だけじゃなくて、君がよく一緒にいるスカーレットさんもグレイスさんもそうだよ?」


「そうなの?」


「もちろん、彼女達は喜んでアンナルチアさんと友達になるって言ってたから、そんなことお願いされるまでもないんだろうけど……ねえ、僕もアニーって呼んでもいいかな?アンナルチアさんって呼ぶの他人行儀だろ?」


「えっ、あ、うん」


 他人行儀って、お前、他人だろう?ルークは心中穏やかではない。


「ありがとう、アニー。まあそんなわけだから、僕はほとんどのクラスで君と被ってるし、僕の目が届かないところではスカーレットさんとグレイスさんが目になってるんだ」


「知らなかったよ……。そんな風に守られていたなんて。ありがとうザック君」


「どういたしまして」


 そういって微笑んだザックがドヤ顔でルークを見上げた。その目からは明らかな敵意と、挑発が含まれているのをルークは見逃さなかった。


 なぜ僕に敵意を見せてくるのか。アンナルチアに対して、そんな目を向けられる様なことをした覚えはない。どちらかと言えば同志だろう。


 生徒会役員として庇える時はそうしていたつもりだったし、アンナルチアは常に冷静で明るくて、まさかそんな陰湿な嫌味を言われているとは思わなかった。皆が皆とは言わないが、アンナルチアに感銘を受けたり尊敬を示したり、いい意味で影響を受けているとばかり思っていたから。



 * * *



「女性には女性の闘いがあるのよ」


 少しだけ落ち込んで生徒会室で愚痴ると、リンダが呆れた様に言った。


「だからこそ、知能を上げて全力で立ち向かえる様に私たちは準備しているの。元から男に生まれたルークには女の園のことまで理解しろとは言わないけど、女同士の戦いに男が口を挟むと余計に拗れることもあるのよ」


「あれが女同士の戦いだなんて。単なる言いがかりじゃないか」


「嫉妬なんだもの、馬鹿な女の子はそういうことをするものなのよ。男の人は喧嘩をしても、腕力や剣でババーンと戦ってスッキリして、その後親友になれたりするものね。そっちの方がわけわかんないけど羨ましいわ」


「ええ~、そうでもないんだよ。男だってネチネチした奴はいるし、自分の好きになった相手が自分以外を好きだったからって恨まれたりもするし」


 ルークとリンダの会話に広報誌の印刷物を持ってきたソルも加わった。

 

「それは、ソル君の経験かしら?」


「そうそう、僕ちゃんも孤高な生徒会役員なのよ。慰めて」


「あんたはチャラチャラしすぎなの。そのうち後ろから刺されても知らないんだから」


「え~ひどいな。俺、人の女に手を出したりしてないしぃ。まあ向こうから来たものは拒みもしないけどさぁ」


「お前な…。それはダメだろう?誠実な態度が一番だぞ?」


「だって、ここを卒業したら、親の決めた相手と結婚だよ?で結婚したらしたで浮気もできない、愛人も作れない、もし相手がとんでもないブサイクだったらこの世の終わりだよ?婚約者もいない今だけだよ?楽しめるのは。もちろん最後まで行って責任取るのも嫌だから、精々お触りまでだけど」


「ソル……君まだ14歳だよね?なんでそんな達観してるのさ」


「ソル君、政略結婚なんだ?」


「そうよ~、俺嫡男だもん。しがない子爵家の嫡男なんて、選べる立場にないでしょ。どこかの裕福な商人の娘か同格の次女か、兎に角家のために結婚よ?ルークはその点どうなのさ。長男だからやっぱり伯爵家をつぐんだろ?俺と一緒だよね?」


「僕は……家を継がないで、次男に譲るんだよ。第二王子の側近だし、ゆくゆくは王宮騎士になって目指すは王族の護衛騎士だからな」


 公爵家の私生児なんて、爵位もへったくれもない。伯爵位は端から弟のものだし、公爵に認知されるかも今のところわからない。学園を卒業したって、それが公になるかどうかもまだわからないんだから、将来性を見据えてちゃんとした職につかないと、惚れた腫れたの話をしている場合じゃないんだ。

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