リリシア

「女だてらに男性と剣で打ち合うなんて、伯爵家はどういう教育をされてますの?」


 アンナルチア達が振り返ると、そこにはお供をつけたリリシアがいた。


 「えっと…」


「私、侯爵令嬢のリリシアですわ。アマリアの妹ですわ。あなたのは姉からもよく聞いていますわ」


「嘘っぽい噂?どんな輪さが流れているのかしら」


 アンナルチアが不思議そうに首を傾げるが、皆リリシアのことを眉を顰めてみているだけだ。そこで、一際低い声でルークが間に入った。


「リリシア嬢、あなたはこのクラスを受講していませんよね?」


「そ、そんなこと、今はどうでもいいですわ!私が言いたいのは、高学年の男子生徒と剣を打ち合い、ベタベタしているアンナルチアさんの態度についてお話ししているんですの!」


「邪推もいいところだが、君には剣の手合わせがベタベタしている様に見えるのか」


 ルークが冷ややかな視線をリリシアに向けた。いつもにこやかなルークにしては珍しい、とアンナルチアは僅かに驚きの顔を見せるものの、他の授業をサボったことに関して怒っているのかもしれない。


 何せ彼は騎士になろうとしているのだから、不正や惰性、貴族の家格の上に胡坐をかく様な態度は生徒会役員としても嫌いなのだろう。リリシアは真っ赤になりながらキャンキャンと怒りをあらわにした。アンナルチアは先程自分でもいった「ルークの人気」を思い出し、リリシアがルークに対して思い入れがあるのだという考えに至った。


 ああ、やっぱりこういういちゃもんをつけるよね。


 アンナルチアが生徒会に入ってから、というか学園に入学してから、トマスだけではなく様々な生徒からチクチクと嫌味を言われている。アンナルチアのクラスメイトは和気藹々としているからいいものの、大抵は遠巻きにしてヒソヒソ言われている。多いのは「ちょっと頭がいいからって……」というのと「ちょっと生徒会役員に選ばれたからって……」というものだ。


 別になりたくて生徒会役員になったわけではないし、頭がいいからと偉ぶったわけでもなければ自慢をした覚えもない。勉強をしなければ奨学金制度から落とされるし、将来性のある仕事にもつけない。それでは学園に入った意味がないから、勉学に励んでいる。


 裕福な貴族令嬢のようにオシャレをするだけの金銭的余裕もないし、生徒会に入らなかったといって監査でマイナスになるわけにもいかないのだから、止むを得ないだろう。それを知らずに文句を言われるのは理不尽だ。理不尽だけれど、わざわざそれを告げる理由もないし、弱みを見せるわけにもいかず、無言を通しているだけのこと。


「ベタベタしているなどとは誤解ですわ。ルーク先輩は、騎士科を目指す方で、先生方からの要請で補修講師としてきていただいていますし、私も一応このクラスの編成に当たって責任があり、学園長からの要請で受講していますの。それで、リリシアさん、今はどのクラスの時間ですの?」


 今は選択クラスの時間帯なので、マナークラスや社交ダンスのクラス、裁縫や刺繍クラスなどそれぞれの選択クラスを受けているはずで、ふらふらと他のクラスに来る様な時間ではないはずだ。リリシアの後ろにくっついている二人の御令嬢達も視線を揺らし、後ろめたさを隠していない。侯爵令嬢に付き添っているのだろうが、自分の立場を悪くされる様な付き合い方をしているのなら、それは褒められたことではない。


 家から命令を受けているのなら彼女達は「取り巻き」ではなく「補佐」でなければならないのだから、嗜めることも彼女達の役割だ。ただ言い成りになってついて歩くだけでは誰のためにもならず、本末転倒である。


「あっ、あなたに関係ないでしょう!それより、」


 声をますます荒げるリリシアにルークが冷たく遮った。


「それをいうのなら、受講していないクラスにしゃしゃり出てきて、あれこれいう君の方が無関係だと思うけどね」


 とは言え、あまりにも身も蓋もない言い方をすれば、ますます腹を立てて纏まりがつかなくなってしまう。ルークは高学年だし、生徒会役員でもあるためこういったことには慣れているのかもしれないが、アンナルチアにとってはリリシアもお付きの令嬢達も同学年で、できれば敵対はしたくない。生徒会からのお願いや伝達がスムーズに行かなくなれば、困るのはアンナルチアなのだ。


「ええと、横からすみません。リリアナさん、それからミネルヴァさんとアシュレイさん、バークレー女史が探しておいででしたが、どうされました?」


「「「えっ?」」」


 尚も言い募ろうと口を開けたリリアナだったが、急な横槍に青ざめた。なるほど、マナークラスの時間だったのか。教師のヴィオレッタ・バークレーはその昔王宮の上級家庭教師だったと聞く。現在王宮で教えを乞う王子王女がいない為、学園でマナーの授業を請け負ってはいるが、とても厳しい人らしい。アンナルチアは女史のマナークラスは取っておらず、その実情に詳しくはない。


「ああ、バークレー女史の教えが厳しくて逃げてきたんだね?単位を落としたくなければ急いで向かった方がいいと思うけど?」


「うっ、うう。アンナルチアさん!お話は後でしますわ!皆さん行きますわよ!」

「「は、ハイっ」」


 綺麗な巻毛を翻し、三人は慌てて訓練場を出て行った。ふう~っと周りからもため息が聞こえてきた。


「ええと、君は確か…」


 ルークが横から声をかけてきた男子生徒に振り返った。


「ザック君」


「やあ、アンナルチアさん。困っていそうだったからついおせっかいを焼いてしまったよ」


 振り向けば、クラスメイトのザック・ブリンガー子爵令息だった。穏やかな王子様気質の彼は困った人には手を差し伸ばす人気のある少年だ。アンナルチアと同じクラスということは、それなりに頭も良く、人当たりも良い。クラスでもまとめ役に徹する人物であるが、生徒会に推薦された時、今年は勉学に専念したいので辞退するといって入らなかった。


「ああ、学年二位を取ったのは君か…」


「ザック君は生徒会にも推薦された人なんですけど、辞退されたのよね?」


「うん、今年はうちのことでも色々あってね。ちょっと両立は無理だと思って」


「へえ」


「アンナルチアさんは何も言わないけど、生徒会役員に推薦されたからって陰で色々言われているんです。僕たちのクラスはアンナルチアさんの実力をわかっているので、皆で助け合う様にしているんですけど、今のようによく突っかかってくる人も多くて」


 ルークは知らなかったとばかりにアンナルチアの顔を覗き込んだ。

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