手合わせ
「ハイっ!はっ!」
「もっと腰を下げて!踏み込みが甘い!重心がブレてる!」
キン、カン、と木剣の音が響く。
訓練場では、ルークとアンナルチアが剣技の手合わせをしていた。同じ様に訓練をしていた騎士科の生徒、見学をしに来た女生徒がハラハラしながらその様子を見守っている。
カキン、とアンナルチアの持っていた木剣が弾かれ、喘ぐ息を収めながらアンナルチアが頭を下げた。
「参りました。お手合わせありがとうございます」
「どういたしまして。いや、それにしてもすごいよ、アニー。騎士科の生徒でもないのに、ここまで打ち込めるとは思わなかった」
「ありがとうございます。もう少しいけるかと思ったんだけど、まだまだです」
「木剣とは言え、男子生徒用にサイズが合わせてあるからね。アニーの様な小柄な女性にはもう少し細身の剣の方が扱いやすいだろうね。教師陣にも伝えておこう」
「剣は常に持ち歩いているわけではないので、どんな剣でも扱える様にしておきたいんです、と父に言われたのもあるんですけど。護衛用に持ち歩くならナイフの方がいいかもしれません」
件のトマスとの手合わせ以来、選択制の基礎保身術のクラスが新たにできた。クラスはほとんどが女子生徒だ。学園長からの依頼で特別講師として女性騎士が週に一度講師としてきてくれる以外、特別騎士科の生徒がサブとしてきてくれている状態である。そのきっかけを作ったアンナルチアは、模範例としてほぼ強制的にそのクラスに入組することになってしまった。
アンナルチアは見た目は13歳というに相応しい小柄で華奢な体格だ。そんなアンナルチアが、こちらも小柄とはいえ、同年代の少年を投げ飛ばし、剣技でも打ちまかしたのだ。それを目の当たりにした生徒はもちろん、目撃しなかった生徒たちも『小柄なアンナルチア嬢ができるのなら、自分にもできるのではないか』と興味を持ってくれたというのもある。講義をクラスとして立ち上げるのには、ある程度の人数がいなければ成り立たないため、こうしてアンナルチアは手合わせをして周囲に見せているというわけだ。
今日はたまたまルークが
確かにアンナルチアの体術は、初日のトマスとのやり取りで見ていたものの、剣技については見ていなかった。
二ヶ月ほど前、訓練場でまさかのトマスがまたしてもアンナルチアに絡み、騒然となった事件が起きた。向かってみれば、目の前で優雅にトマスを投げ飛ばし床に沈め、騒ぎは収まったものの、あっという間のことだったし、まさかという気持ちの方が強かったのだ。
アニーの手は剣を握るものの手ではない。小さくてしなやかに伸びた指先は貴族令嬢のものだし、制服のせいではっきりとは見て取れないが、肩に筋肉がついているという風でもない。騎士科の女性は肩幅が張っているし、腕も貴族令嬢のものとは程遠い。スッキリ締まってはいるが、筋肉質なのだ。爪は短く切っていなければ怪我をするし、剣だこは当たり前の様にできている。そんな女性ばかり見ていると、どうしてもアンナルチアの風貌は似つかわしくない様に思えるのだった。
カン、と始まりの一手で剣を合わせた時、アンナルチアの纏っている雰囲気が変わった。
構えに隙は無い。アンナルチアの視線はルークに向かっているものの、隙なくルークの剣や立ち位置、視線を追う。どこから動くか見定めている様だった。試しに足先の方向を変えてみると見事に反応し、死角になる方へ体をわずかに動かす。流れる様に剣を振れば、その勢いを殺さない様に受け流す。体格の差と力の差を理解している者でなければできない動きだった。
剛と柔で言えば、騎士は剛の動きを取り力でねじ伏せるやり方を取る。アンナルチアは全くその逆を行った。自分の力は極力使わない。正面から受け止めずさらりと流し、こちらの勢いを利用して反撃に移る、受けの型。
面白い。
時間にしてほんの15分程度ではあったものの、ルークは思いの外、手合わせを楽しんだ。その間にもアドバイスをいくつかすると、すぐにも取り入れるだけの才能がアンナルチアにはあった。最終的には体格差と持久力の差でルークが負かしてしまったとはいえ、基礎保身術としては十二分である。
「できれば体術も手合わせを願いたいところだけど、流石に女性であるアニーに無茶は言えないね」
「見学にいらした方々が悲鳴をあげるでしょうね、恨まれたくは無いのでやめておきましょうか」
「恨む?」
「ご自分が人気があるって自覚されてないの?ここにいる生徒はほとんど先輩目当てでしてよ」
「まさか」
ルークは呆れながらも笑いをこぼす。
「まあ、私も易々と組み伏せられるほど柔ではありませんけれど」
清々しく笑うアニーを見て、一瞬「組み伏せてみたい」という衝動に駆られ、紅潮する頬に手を伸ばしたところで我に返った。
「ルーク先輩?」
「あ、いや。ごめん。か、顔が赤いなと」
そう言いながら自分の顔に火がついたように熱くなったのを感じ、ルークは慌てて視線を逸らした。
「ルーク先輩の方がよっぽど赤いですよ」
無邪気にもアンナルチアはそう言って、タオルを手渡した。
「私のもので申し訳ないけど、まだ使っていないのでどうぞ」
汗をかいて顔が赤いのだ、と勘違いをしてくれたアンナルチアのタオルを受け取り、顔面に押し当てるとふわりと石鹸の匂いがした。
僕は今、何を考えていたんだ。ルークが羞恥の念に駆られタオルで顔を隠していると、甲高い女性の声が割り込んできた。
「女だてらに男性と剣で打ち合うなんて、伯爵家はどういう教育をされてますの?」
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