ピラニア予備軍

 トマス・ベッカー男爵令息の雪辱戦とも呼べる第二回触発事件で、さらなる赤恥をかき、底辺の人気になったトマスだったが、ますます恨みを募らせなんとかしてアンナルチアを貶めたいと考え、同じく底辺クラスのリリシア侯爵令嬢に目をつけた。


 何を隠そう、彼女は生徒会長であり第二王子殿下の婚約者アマリア・ランドールの実の妹だ。姉は侯爵令嬢らしく気品があり頭がいいのに、妹はお人形の様に整った顔をしているとはいえ、中身は空っぽだ。


 トマスから見てもリリシアは頭が悪い。第二王子がいずれ婿入りすると言うことは、第二子である妹は降嫁しなければならない立場にあると言うのに、侯爵令嬢だと言うことを笠に威張り散らしている色ボケした女だった。ともかく地位が高く、顔のいい男を物色しているのが丸わかりで、淑女としてのマナーも女性としての愛らしさも持ち合わせていない。あれで侯爵令嬢だと言い張るのだから底が知れると言うものだ。


「リリシアねえ、生徒会の皆様とも仲がいいの~。お姉さまより私の方が可愛いってアレックス様も言ってくれるしぃ」


「まあ、さすがリリシア様ですわ~。ミネルヴァもリリシア様みたいにお綺麗だったら子爵家でももう少しいいご縁もあったと思うですけどぉ、羨ましい限りですわ」


「リリシア様は下位貴族の私たちにも親切なんですもの、第二王子殿下から寵愛をいただくのもわかりますぅ」


 似た様な女達がリリシアの周りに集い、侯爵家のおこぼれを貰おうと必死に媚を売る。トマスの嫌いなタイプの女達だった。ミネルヴァは確か、ケヴィンの婚約者だったはず。母親同士が幼馴染で縁があったと言っていたが、政略結婚なのだろう。明らかにケヴィンでは物足りないと不満げだ。


 トマスは男爵令息だが、能力で言えば伯爵家の連中ボンボンよりも出来がいい(と思っている)。父の仕事(高利貸し)もちゃんと手伝っているし、父が言う通り下位貴族だからと舐められないように、自尊心は高く貴族らしく立ち振る舞っている(つもり)だった。


『女は男に従順で、常に美しく笑って影に控えているもの』


『女は男に仕え、奉仕するべき存在』


『やたら頭のいい女は、高慢で鼻持ちならない。そう言う生意気な女は早々に調教すべき』


『女は男から種を貰い受けようやく子をなす事ができる、畑の様なもの』


 そう言われて育ち、父に悪態をつかれ足蹴にされても文句を言わない母親を見て「女とは子供を産むために存在する土壌」なのだと信じている。


 それが学園に入るなり、頭を殴られた様なショックを受けた。学園首位が女。しかも貧乏伯爵家の長女ときた。初めにしっかり自分の立場をわからせておいた方がいいだろうと思い、親切に声をかけてやったら、黒星を一つ貰い、校長からお咎めを受けた。暴力を振るわれたのは俺の方だ!三つになったら即刻退学だと?ふざけるな!こっちは高い金を出して入ってやったんだ。もっと敬うべきだろう!


 しかもあの女は既に生徒会役員で生徒会副会長ルーク・エドモントンを味方につけ、澄ました顔であれこれ命令調に言いつけてくる。やれ、廊下は走るなだの、貴族としての矜持を持てだの、タイはちゃんと結べだの、言葉遣いが悪いだの。母親ですら言わない様な小さなことを告知版に貼り付けたり、門前でチェックしたりする。何様のつもりだ!


 きゃあ、と一際甲高い声が響き、我に返りチラリとリリシア達を見た。飽きずにまだちやほやと持ち上げ、皆同じ制服を着ているのに制服が素敵だの、お髪が素敵だの褒めちぎっている。毎日毎日、よくもまあ同じことを繰り返せるものだ。あれがお茶会で何度も繰り広げられるのだと思うと、せっせと働く父が可哀想になってくる。


『女を着飾ることで男のステータスが上がるのが貴族なのだ』


 確か父はそんなことも言っていた。俺が結婚したらあんなバカな女に金を使わなければいけないのかと思うと、げんなりした。


 あれならアンナルチアの方がまだマシ……とまで考えてはっと口をつぐむ。


「何考えてんだ、俺は!あれは女じゃない。うさぎの皮を被った猿だ」


「ちょっと、聞き捨てならないわね!誰が女じゃないですって?」


 少し大きな声で言いすぎて、リリシア達に聞こえた様だった。自分たちのことを言われているのかと憤慨して詰め寄ってきた。流石に侯爵令嬢を敵に回すのはよくない。なんたってコイツらは金を持っているからな。父上の仕事にもパトロンは必要だ。現在のところマークス伯爵が父上の仕事の大元だが、それが侯爵家になればもっと仕事の幅を広げることもできる。俺の時代になる頃にこのリリシアを味方につけておけば、王家とも繋がりが持てる。コイツはバカだからきっと扱いやすい。


「いや、君達じゃなくて生徒会役員の女のことだよ。本当に生意気な女で馬鹿力で、男を鼻で使う様なやつでさ。伯爵令嬢だっていうけど没落寸前のくせに生意気なんだ」


「あら。もしかしてアンナルチアさんのことかしら?」


 リリシアの取り巻きが小首を傾げる。やっぱりこいつらもそう思ってみてたんだな。


「そうだ。学年主席だからって人を小馬鹿にしてさ、本当は金を出して主席を買ったんじゃないかな?その上、生徒会で高学年の先輩達を誑し込んでるみたいだ」


「あっ、リリシア知ってるわ。その女、お姉さまも誑し込んだのよ!家に帰ってもアニーアニーってうるさいったらないわ」


「下手したらアレックス殿下も誑し込まれちゃうんじゃないのか?そんな奴、ほっといていいと思うか?」


 リリシア達は目を見開いてヒュッと息を吸い込む。


「だ、だめよ!そんなこと許さないわ!お姉さまが生徒会役員だから私は入れないって言われたけど、そんな女狐をおそばに置いておけるわけないもの!あなた、お名前は?」


 クラスメイトになって三ヶ月も経つと言うのにまだ名前も覚えられないのか、とイラっとするが、平静を装って名を告げる。どうせすぐ忘れるんだろうけどな。


「トマス・ベッカー。男爵家の嫡男だ」


「そう。トマス、教えてくれてありがとう。私ちょっと生徒会まで行ってくるわ!」


 イキリ立ってリリシアが立ち上がったが、そのまま生徒会に行ったって聞く耳を持つわけないだろう。これだからバカな女は困る。しかも俺のことは呼び捨てかよ。


「まあ、待てよ。生徒会に直談判したって動くわけないだろ?ようはアイツの不正を暴いて騙されてるってことを皆にわからせればいい」


 リリシア達は互いの顔を見合わせ、こくりと頷いた。


 は。女なんてこんなもんだ。

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