嵐の予感
「貴女はルーク・エドモントンをよく知っているだろう?」
「ルーク……エドモントン伯爵令息様ですか。よく、と言いますか、学園で生徒会副会長をされていらっしゃったので、お世話になりましたね」
「そう。彼についてはどう思う?」
「どう、と言われますと?」
「彼を貴女の男妾にしたいと思うのだけれど」
「はい?」
「私のために彼と子作りをしてほしいと言ったのだよ。できるかい?」
サイモン・ドイル公爵令息は、アンナルチアの目を見て、確かに笑顔でそう言った。
……は?
ルークを男妾にする?
「あの…彼は伯爵令息ですよね?」
「ああ、養子だけどね。でも実は…彼は私の異母兄弟なんだ」
「はい?」
「これは公にできない秘密なんだけど……」
「ちょ、ちょっとお待ちください!そう言う秘密事項は私などが聞かないほうが……!」
「父が浮気をしてできた子なんだよ」
「っ浮気!」
「母はプライドが高いから、バレたらその女性も赤子ごと始末される可能性があって」
「い、言わないでください!」
「それで父が内密にエドモントン伯爵家に隠したんだよ。あれの母君は、こっそり我が領地にいるようだけど」
「あーっあーっあーっ!聞こえません、聞いてません!」
慌てて耳を塞ぎ、淑女の礼も忘れ大声でサイモンの言葉を遮ろうとしたが、サイモンは爽やかに微笑み、紅茶に手を伸ばした。
「いや、もう遅いから。公爵家最大の秘密を共有してしまったね。ふふふ」
「そんなっ!」
「まあ、断ると言うのなら諦めるけれど…それでは君の実家が、ねえ」
「っ!?」
サイモンがチラリと横目でアンナルチアを見て、ニヤリと口元を歪ませる。完全に脅しだ。
唖然とするアンナルチアの目の前で、どかりとソファに座り直し、うっすらと口角を釣り上げ足を組み、腕を組んで蔑むように見下ろしている。
こんな屈辱を受けるような謂れはない。家のためならとちらりと考えもしたけれど、今の状態で頭を下げるのは脅しに屈したと言うこと。非常に悔しい。けど、家に迷惑がかかるのはもっと嫌だ。迷惑どころか、公爵家がその気になれば、貧乏伯爵家なんて吹けば飛ぶハナクソの如く。圧力をかけられたら一貫の終わりだ。家族が、領民が露頭に迷う。
(どこのどいつが、この人物を完璧な紳士だなどとほざいたのよ!権力を持った悪魔じゃない。女性を子供を産む道具としてしか見ていないし!)
「おや、殺気が漏れているけど…。君はルークのことが好きではないの?」
「……そう言う問題ではございません」
「でも、私と結婚すれば公爵夫人の生活が手に入り、ルークとの間に子供さえ生まれれば……まあ、男の子しかいらないけど……それで君は自由になれるんだよ?私が認めれば、女性が男妾を持つことは、この国では問題はないのだし」
そう。この国は一夫多妻制度をとっている。が、愛人や妾を持つことは許されていない。その昔、あちこちで子供を作って認知しない
そして、男性の場合も子種がない、あるいは血が近すぎて奇形児が生まれるのを避けるため、夫が認めた「男妾」を妻が持つことができる。妻があちこちの男に股を開いて、何処の馬の骨ともわからない血を家系に入れないための処置でもある。もちろんその『妻』か『男妾』が血筋を継承していなくてはならないが。
つまり、この場合
「問題なのは、ルー……いえ、エドモントン伯爵令息に対し、失礼なのではないかと言うことです」
「あいつは養子だから伯爵家は継げないし、もちろん公爵家にも入れない。だったら君の第二の夫になって公爵家の恩恵に授かれたほうが幸せだと思うんだけどなあ」
騎士なんて将来性のないものになるよりさ、と言ったサイモンの言葉に、血が沸騰しそうになるのを抑え、アンナルチアは唇を硬く結び怒りを抑えた。
(騎士がいるからこそ、国の平和は守られているのだというのに)
下手に財産と地位があるせいで、被害は公にされていないが、世間にバレれば大きな
(サイモン・ドイルは私とルークの関係を怪しんでいる。何も人様に言えない真似をしたわけではないし、探られて痛い腹もない)
ただ、ルークがアンナルチアの初恋の相手だというだけで。
未だに気持ちを残していることは確かだが、彼はそれを知らないはずなのだ。
「ねえ、楽しいと思わないかい?父の愛人騒動と私の同性愛という性癖。一人っ子だと思っていた公爵家に、実は公爵家の血を引き継いだ次男が現れた。しかも私の妻なる女性が、その次男と姦通してるとなったら、どうするかな。プライドの高い母の一人息子は男が好きで子供が作れず、母の血をまったく引かない不貞をしてできた子の、その子供が公爵家を受け継ぐんだ。みんなひっくるめて、ぶちまけたら楽しいだろうなあ、ふふふ」
恍惚とした顔をして、くすくすと笑うサイモンを見て、アンナルチアは眉を顰めた。
(ほんと、イカれてるんじゃない!どこがカンペキなのよ)
「だけどね。君が黙って私の案を受けてくれたら、全て丸く収まると思わないかい?」
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