結婚の条件

里見 知美

結婚の条件

 

「君の優秀さは、王宮騎士のルーク・エドモントンと、第二王子の婚約者であるアマリア・ランドール侯爵令嬢から常々聞いている。勤務態度も好ましいし同僚の評価も上々だ。私の結婚相手として問題はない」


 穏やかで優しく、エスコートもサラリとこなす、全てにおいて完璧な紳士だと噂のサイモン・ドイル公爵令息。爽やかで穏やかな笑顔が素敵と人気はあるものの、浮いた噂など一つもなかった5歳年上のサイモンが、王宮で文官として働く貧乏伯爵令嬢のアンナルチア・ヴィトンに結婚を申し込んだ。


「……ありがとうございます」


(結婚相手として問題はない、ですと?)


 上から目線のサイモンの言葉に引っ掛かりを覚えたが、公爵家は確かに伯爵家よりも家格が上、アンナルチアは表情を変えずに背筋を正した。


「実は、私は同性愛者ゲイで女性を愛することはない。残念ながら、私では公爵家の血を引き継ぐ事ができないのだ。そこで、君にこうしてお願いに上がった。聞けば、君の家は近年の不作から未だに困窮しているというじゃないか。伯爵家には公爵家から援助するし、君にも不自由はさせない。ただし、条件がある」


(いきなり衝撃の告白来たー!)


 アンナルチアの片方の眉が一瞬吊り上がったが、すぐに笑顔を貼り付けた。


「条件、ですか」


「ああ。いや、大したことではない。私が決めた男妾との間に男児を作ってほしい。その子を私の子供として跡取りにもらえさえすれば、君は自由だ。婚姻とともに、仕事はやめて貰わなければならないが、このまま王都で公爵夫人として振る舞ってもらえれば、子を作った相手と離宮で生活してくれても構わない。ただし私の性癖については他言無用とし、交友関係にも口を挟まないでほしい。ああ、それから領地には私の両親が住まうはずだから、領地に引きこもるのは避けてもらいたい。君の家族にとっても君にとっても良い縁談だとは思うのだが、どうかな」


 たっぷり30秒の沈黙の後、アンナルチアは震える手で出されたお茶をコクリと飲んだ。


「ええと。今なんか、だ、男妾と子作りに励めと言われたような」


「聞こえが悪ければ第二夫と言ってもいいよ。心配しなくても血筋は確かな者だ」


(これは、良縁と言っていいのかしら)


 アンナルチアは笑顔を崩さないまま考えた。


 カーライル王立学園を首席で入学し、首席のまま卒業したアンナルチアは、その学園で懇意になった第二王子の婚約者であるアマリア侯爵令嬢に推薦されて、難なく文官になることができた。そろそろ三年目に突入する。数日前18歳になったばかりのうら若き乙女である。


 サイモンは公爵令息で、王宮で同じく文官の仕事をしていることから、時折接触することもあったが、部署は別だし特に仲が良かったというわけでもなく、なぜ自分に白羽の矢が立ったのかわからなかった。綺麗な女性も優秀な女性も王宮にはたくさんいるのだ。


 しかしながら、男色ゲイというのなら話は別だ。


 王宮に勤める女性陣は、将来性のある男性を求めてギラギラと目を光らせている。地位あり、金あり、将来性ありの物件に目敏くピラニアのように喰らいついていく。たった二年とはいえ、先輩官吏、王宮侍女たちを見て引いた。学園でも貴族令嬢の婚活ハンティングはあからさまだったが、王宮はさらにその上をいく。アンナルチアは、そういった超優良物件男性は避けていたと言っても過言ではない。貧乏伯爵の身分である自分など、あの弱肉強食の戦場にはついていけないと尻尾を巻いたのだ。できれば子爵か伯爵の地位の穏やかな人がいたらいいな、と淡い夢を見たこともあったが、今となっては自分で稼いで身を立てていこうと志向を変えている。


 そんな貧乏伯爵家の令嬢であるアンナルチアにとって、サイモンのような『超』の上に『最』がつくような優良物件からの申し出は、家を含めて確かに好都合のものだ。伯爵家には多大な融資が施され、両親も弟たちも領民も両手放しで喜ぶだろう。


 アンナルチア以外は。


 そもそも、貴族と生まれたからには政略結婚というものは常に付き纏うものだ。愛のない結婚など当たり前のように行われている。だが、だからと言ってお互いギスギスしたカップルばかりでもない。ともに力を合わせていくうちに芽生える連帯感や家族愛なんかもあるだろう。この国は一夫多妻制も条件付きでとっているので、一人の夫を仲良く分け合う夫人も多くはないが、いるにはいる。それに比べれば、マシなのかもしれない。


(いや、マシなのか?)


 アンナルチアは、恋愛に全く興味がないわけではない。政略でも人並みに結婚はしたいと思うし、もしかしたら、ひょっとして、万が一でも、貧乏でも愛してくれる人がいるかもしれない、という期待はちょっぴりある。まだまだ結婚適齢期なのだから。しかし今サイモンと結婚してしまえば、文官の道も僅かにある恋愛の道も塞がれてしまう。そして夫ではなく、与えられた男妾との間に子供を育む代わりに、伯爵家の安泰と生活の保証がもれなくついてくる。


「公爵家は、それでよろしいのですか」


「ふふ。私に与えられた仕事は、領地を収めることと跡取りを作ることだけだ。我が公爵家は直接政治に関わらないようにしているし、現国王には既にご成婚された王太子もいれば第二、第三王子という予備軍もいるからね。特にこれといって期待されているわけではないんだよ。そもそも男色家を夫に持ちたいという女性は皆無だろう」


 地位さえあれば、それでもいいという方もいるんじゃないですかね?あのギラギラしたピラニア集団貴族令嬢の中になら。酒に酔わせて子種だけいただく暴挙に出る方もいるかもしれませんよ?


「私は肉食令嬢は嫌いなんだ。あのギラギラした笑顔を見るとカマキリを思い出す。頭からバリバリ食われそうで怖い」


 アンナルチアの考えが読み取れたのか、サイモンはそう言って肩をすくめた。


「ソ、ソウデスカ」


「その点貴女は淡白だろう」


「そう、見えますか」


(人並みに願望はあるけど、優良物件は避けているからね。と言うか、これがバレたら私の方が頭から喰われて、亡き者にされそうなんですがね)


 どう返答をすべきか、思い切りため息をつきたくなるアンナルチアであった。





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