人気配信者のTOは異世界転生したお姫様
木崎みゃお
第1話 ようこそ、姫様。
「いやあ参っちゃうよな。めんどくさくて訓練抜け出してきちゃった」
夜十時。俺こと「ランフォード」はパソコンの前で、ヘッドフォンを着けてマイクに向かって話し始める。
ブルートローゼ王国の騎士団員「ランフォード」は、お守りすべき国の姫様の目を盗んでこっそり魔法の機械を手に入れ、日夜世界の平和を守る活動(ゲーム)に明け暮れている。平和でのんびりとした王国では騎士団なんて大して役には立たないし、訓練だって来るべき日のため、とかいいつつすることがないからやってるだけの世界だ。優秀な俺はこんな平和な世界を守るより、ゾンビがたくさん出てくる世界だとか大切な国宝が盗まれた世界だとかを守らなくちゃならない。なのでこうして魔法の機械越しに、日々様々な民達のために戦っているというわけだ。
「『リシャール閣下に怒られますよ』いやまじそれな。でもなんだかんだ閣下もめんどくさがってたと思うぜ。今日訓練後にさっさといなくなってたし。案外俺と同じ世界のために戦ってっかも」
コメントを読みながら最近ハマっているゾンビゲームを起動させる。騎士団という設定上、基本的にはナイフとか剣を使って戦ってはいたが、最近「ランフォード」は銃火器の扱いに慣れ始めたのでそういった武器を選択した。
「『ラン様銃器気に入ってんじゃん』そうだよ気に入ってるよ。いうて剣より強くない? うちの国にもこれ実装して欲しいんだけど。『閣下も望んでるかも』いやそれなー。姫様に頼んでみるか」
姫様——「ランフォード」が仕えているのか、この国の姫様だ。この国の王位継承権は兄にあるから、妹である姫様には継承権が存在しない。それをいいことに、引きこもってミステリを読み漁っているという彼女は、お付きの「ランフォード」がこうして魔法の機械に夢中になっていても気づかないのだ。
「うちの国王姫様に激甘だから。たぶん頼んだら作ってくれんじゃねーの」
手にした銃器で目の前に迫り来るゾンビを倒しつつ、コメントを流し読みする。最近は閲覧してくる民たちも増えてきて、いわゆる投げ銭をしてくれる人も出てきた。ありがとうな民たち。これらはすべて騎士団の運営に使われます。
ちなみに「ランフォード」はゲームもするが歌も歌うし、最近は朗読とかもやったりしている。騎士団員は暇なのである。
「お、支援物資ありがとな。騎士団の運営に使うぜ」
「いやいや『リシャール閣下へ』ってなんだよ俺に投げろよ」
「『魔法機械アップデートしてください』マジでありがとう。そうなんだよな最近微妙に調子悪くてさ。魔力足りねえのかも」
「『今度おやすみ朗読してください』りょーかい。姫様寝かしつけたあとでな。あの人いまだに一人で寝れねーんだよ。ホラー小説読んだ後とか特にな」
というのは当然建前だ。うっかりぎちぎちに予定を組みすぎると風呂に入り損ねたりするもんで、適当に姫様を言い訳に使うようにしている。
つまりこれはいつもの流れだったわけだ。うまいこと「ランフォード」として民たちと共に戯れる日々はなかなか楽しい。なにしろ全部俺の想像通りの世界なわけで、昔っからそこそこ口が達者な俺には天職とも言えよう。当然、これらは全部そうした特別な世界観の中でやってるなんてことは、見ている人全員が知っていることだ。でも彼らは俺が何者かなんて気にしない。俺個人のことなんてどうでもよくて、俺の作り上げた「ランフォード」のことを気にする。それであれば俺はいくらだって話すことができるんだから、結果民たちのためになってるってことだろ。
そう、実際の俺がどんなかなんて、誰にも気にされる必要はない。だから居心地が良かった。嘘だってつける。そうして作り上げた理想の世界で、俺は生きると決めたから。
「『何馬鹿なこと言ってるのランフォード』ってうわっ姫様!?」
ぼんやりしていたけれど、通知音で我に帰った。この配信サービスにおける最高額が、画面上に表示されたからだ。しかも姫様からということらしい。
まあ、よくあることではある。画面上のコメントには「姫様降臨」「姫様こいつです」「さっき訓練サボってました」「魔法の機械アップデートしてやって」とその場のノリに乗っかった奴らが面白おかしく書き込んでいる。
「ちょっと姫様勘弁してくださいよー。今俺、世界救ってるんで」
こういうのは、よくある。俺だって慣れてるし、適当に構ってやればそのうちいなくなる。そもそも居座り続けられると微妙に空気冷えるから、ほどほどにして欲しいんだよな。
別に俺は相方は作ってはいない。ただ世界観を演出するために、上司と姫様の存在は匂わせるようにしている。けれど当然、彼らは受肉していないんだから、現れるとしたらなりすましってやつだ。
「『世界救い終わったらでいいから話があるわ』えっなになにこわいんだけど」
ピロン。再びきた通知は、また最高額。俺は若干冷や汗が出た。こいつはもしかしたら粘着タイプのやばいファンかもしれない。
たまにいるのだ。民たちの中にも、自称「姫様」。「ランフォード」が溺愛している「姫様」は自分だとして、SNSだとか配信サービスのコメントだとかに書いてくる人。他の民たちが適当にあしらっているからそこまで目立っちゃいないし、俺もそういうのはやめてくれって時折動画で行ってるから減ったと思ったのに、どうやらヤバめの人が残っていたらしい。
この手のは下手に刺激しない方が無難だ。
「姫様ごめん、俺今日この後二つ目の世界も救わなきゃいけないんで、話は明日でもいいですかね」
そうやって上手い感じに誤魔化した、と、そう思っていた。コメントにも「姫様撃沈」「明日またくるかもよ」「姫様寝る時間ですよ」「今日は一人で寝れますか」なんて書かれている。
終わったか、と思った矢先。
「『ここで嘘ばかり言ってたって私にはわかるのよ』、え?」
ピロン。再びきたのは、またもや最高額。
いや。
いやいやいやいや。
まだ五分くらいしか経ってないんだけど。
それなのに十五万って。何、どういうこと?
流石の俺も、少しだけ冷や汗をかく。
ちょっとこわい。
「いやマジでこええよ姫様。何、ホラー小説に感化されちゃった?」
コメント欄には「姫様ヤンデレ化」とか書かれてるし。いやいや、そういうのマジでいいから。勘弁してくれよ。
「俺眠れなくなっちゃうからそういうのマジやめてよ姫様。このお詫びはまた明日、ね?」
とびきり甘い声でそう言ってやれば、少しは大人しくなる——そう、思ったのに。
「『感化されてるのはあなたの方よランフォード。こっちは困ってるんだから、話を聞くくらいしたらどうなの』」
ひえっ。
リアルにひえって声でた。
またもや最高額。
これでたった十分で二十万円が投げ銭されたことになる。
俺はついに、コントローラーを持つ手が止まってしまった。コメント欄は「ガチお嬢様降臨じゃん」「やべえ」と盛り上がってはいるものの、俺はただ、次から次へと流れ込んでくるコメントと通知音に、ついに何も言えなくなってしまった。
ピロン。
ピロン。
ピロン。
ピロン。
「いやー姫様、さすがにちょっと、やりすぎかなあ」
はは、と。乾いた声が漏れて。
俺はついに、適当なところでセーブをし、配信を切り上げてしまった。
姫様が投げた額、総額四十万。
たった十五分で投げ入れられたその金額は、俺にしては随分と大きいもので。
とんでもないファンがついてしまったことに心底怯えながら、一旦は魔法の機械——P Cを閉じたのだった。
人気配信者のTOは異世界転生したお姫様 木崎みゃお @Mayo_0514
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