幕間 オカルト派閥

「ふむ。日本全国が対象の呪詛の叫びですか。これは常人の手に負える事件ではないですねぇ」

「安部(あべ)君! そんなにノンビリと寛いでる場合じゃないんだ!」

「まぁ落ち着きなさいな。物事には順序というものがあります。現状はまだ、私が干渉して良い段階ではないのですよ」

「警察が市民を見殺しに出来るか! 君も安倍晴明(あべのせいめい)の名が廃るぞ!」

「うーん。余計な遺言など、やはり残すべきではありませんでしたねぇ。必要以上に美化されて伝承が残ったせいで能力以上の重荷を背負わされる」


 警視庁刑事部特殊事件捜査係。殺人、強盗、暴行、傷害、誘拐などの凶悪犯罪を担当する捜査第一課に設置された高度な科学知識・捜査技術に精通する部署である。

 その中でも極一部の人員は特殊な知覚能力を有しており現実にはあり得ない事件を専門に担当している。

 通称、オカルト派閥。日本の破綻した霊的防衛網の中で曲がりなりにもオカルト事件に対処してきた陣営である。


 今回の日本全土で頻発する凶悪犯罪という未曾有の事態に、集団ヒステリーの一種だと通常の警察官が周知される中、彼らだけが事件の真相を知って対策を話し合っていた。

 その中に一人、異彩を放つ人物がいた。女と見紛うばかりの美しい麗人が椅子に腰掛けている。現代日本には似つかわしくない平安時代の公家の普段着である狩衣を着込んだ中高生くらいの青年だ。名を安倍晴明という。

 フィクションに頻繁に登場する伝説の陰陽師、安倍晴明と同じ名を彼は名乗っているのだ。


 安倍晴明は鎌倉時代から明治時代の初めまで陰陽寮を統括した土御門家の祖であり、現在まで1000年以上続く晴明神社の信仰対象である歴史上の実在の人物だ。同職である陰陽師にこそ崇拝されてきたという歴史を持つ陰陽道を代表するカリスマ的人物とされ数々の現実離れした伝承が残っている。

 だが、子孫である土御門家は現代まで続いてはいるものの安倍晴明の血脈は途中で途絶えており、時の政権の弾圧と異能否定の常識信仰が合わさり陰陽道は神秘を奪われ弱体化を免れなかった。現代の陰陽師は逸話ほどの力を持たない。

 それは日本を代表するオカルト組織である八咫烏の没落ぶりを見てもよく分かるだろう。日本にまともな異能者は存在しないのだ。

 現代には。


 安倍晴明は数々の伝説がまことしやかに現代まで語り継がれているが、その中に一つ特異な逸話が残っている。

 死の間際に千年後に自分は再び蘇るという予言を残して身罷(みまか)ったというのだ。

 1005年10月31日の事であった。


 あれから千と15年足らず。安倍晴明の復活が輪廻転生という形を取ったのならば、現在ちょうど中高生の年頃である。

 それが警察のオカルト派閥に協力する彼の正体であるという保証はないが、現代にはあり得ない神秘に満ちた陰陽道を操る事が実際に可能であるという事実の前には真偽など些細な事であった。


「根本的な対策など話し合わずに他の警察部署のように地道に犯罪防止に努めれば良いのですよ」

「……君にも解決は無理なのか」

「相手の背後には日本の現神が控えていますからねぇ。女の情念を甘く見てはいけません。力尽くで抑え付けるのは下策というものでしょう」


 母親が狐であると言われた安倍晴明らしいニンマリとした笑顔を扇子で隠すと、彼は義理は果たしたと言わんばかりに身体を紙で作成された蝶と化して散らばって消えていった。陰陽師の使役する式神だったのだ。

 それを毎度の如く見せつけられた警察官達は溜息を吐いて無駄な会議を取り止めた。


 今はただ犠牲者を減らす事しか出来はしないのだ。

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