七十七話 嵐の前の静けさ

『姫様、ひめのや周辺の暴徒は鎮圧して警察に引き渡しました。引き続き俺は一帯の鎮圧作業に当たります』

『有り難いが実家の方は大丈夫なのか、浩介』

『ええ。幸い周囲に影響を受けた人間はいなかったようで家に立てこもってるらしいです』

『どうやら追い詰められた人間程、影響を受けやすいみたいですね。俺の会社なんて酷いもんでした』

『あー、なんつーか弘文は大丈夫だったのか?』

『とち狂った奴らシバキ倒してそのまま辞表を叩き付けてやりました。胸がスーッとしましたね。今なら何でも出来そうな気分です』

『お前、気付いてないだろうけどバッチリ影響を受けてんぞ』

『タカ坊、電話したが稲荷の会に被害は及んでないみたいだな。拓巳の配った御守りが機能したらしい』

『マジか。後でひめのやにも頼むか』

『お姫ちん。私はギルドの皆を集めて自衛できるよう指揮しようと思うの。ミサキちゃんはユカリさんと一緒にサキュバス達の安否を確かめるって』

『良いんじゃないか。今は一人でも多くの手が必要だからな』

『ゴメンね。陽子ちゃん、助けられなかった』

『……そりゃ俺もだ』

『うん。一人で抱え込まないでね』


 テレパシーの情報交換で現状が理解できたんだが、陽子の叫びはどうやら精神的に不安定な人間を暴走させる効果があったみたいで、日本中が酷い騒ぎになっていた。

 ただ、必ずしも殺人事件に発展するわけでもないらしいのと、暴走した人間を同じく影響を受けた人間が止めるような構図が展開していて警察が来るまで持ちこたえるケースも多いようだ。日本一の人口密集地である東京は比例して事件も多く、何件か大量殺人犯が誕生してしまったがな。陽子にチートを授けた俺の責任も重い。

 現神の邪神化を考えりゃチートを配ったのは間違いじゃないんだが……いや言い訳だな。俺はユカリの言うように考えが浅かったんだ。もう取り返しは付かないが警察や政府と連携してチートを配っても現代社会に影響のないように対策を話し合わないといけない。もうとっくに個人で動いてどうにかなるような規模の話じゃなかったんだろう。


「こっちです」


 拓巳に先導されて陽子のいるだろう場所に向かう。ハッキリと陽子の泣き声が聞こえているらしく足取りに迷いはない。

 ちっ、最初から拓巳の力を借りられたら陽子の死は防げたな。嫌なタイミングで事件が重なったもんだ。

 やはり陽子は自殺したんだろうか。陽子の近況を聞いたらそれも無理はないと思うが、せめて事前に相談をしてくれりゃあな……。

 暗鬱とした思いで目的地に向かっていると、ポン太とすれ違った。


「ありゃ姫様じゃないっすか。海外にいたんじゃなかったですっけ」

「ん、ああ。ポン太。ちょっと野暮用があってな」

「そっすか。それで探すように言われてた陽子さんの件なんすけど……」


 頭をかいて未だに探してくれていたらしいポン太に俺は無言で首を振った。


「もう良いんだ。今から本人に会って話を聞いてくる」

「ん? どういう意味っすか?」

「手遅れだったらしい。後は霊能力者の出番というわけ」


 離れた位置で会釈する拓巳を指さして俺は陽子が死んだ事実をポン太に知らせた。

 ポン太は陽子が死んだ事にか、幽霊が実在する事にかビビって顔を引きつらせた。


「うわマジっすか」

「ああ。手伝ってくれたのに後味の悪い結末になっちまったな」

「いやいや、俺は良いんですけどね。で、ガチの人なんで? 霊と交信できる系の?」

「そうだ。ハッキリと姿も声も認識できる」


 うへぇとポン太は天を仰ぐと世界は広いっすねと黄昏れた。

 まあ、チート情報をポン太にはろくに話してなかったからな。こういう反応にもなるか。


「そんじゃ俺は寝るんで、頑張って下さいっす」

「おうサンキュな」


 ポン太と別れて目的地に向かう中、難しい顔をした拓巳が一言だけ疑問を口にした。


「あの人、どういう人なんですか」

「どういう意味だ?」

「いえ……」


 拓巳は口を閉ざし、それ以上は何も言葉にしなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「参ったな。俺って何気にピンチじゃね?」


 アリス姫とすれ違ったポン太はそうぼやいて自らの窮地を嘆いた。

 陽子の殺害は状況証拠から自殺あるいは事故で片付けられるだろうとポン太は踏んでいたのだ。真夜中に家を飛び出して廃ビルに辿り着くまでの尋常でない様子の陽子は複数の目撃者が見ている。ネットにアップされた隠し撮り写真やストーカー事件にアイドル事務所との確執を考慮すれば思い詰めて飛び降りたとしても不自然ではないと思われるだろう。

 人は納得できる筋道が通ってさえいれば驚くほど素直にそのまま受け取る事をポン太は実体験として知っている。

 今までポン太が手を下した被害者はそうやって処理されてきた。何故なら他殺だとしたら、あまりにも不可解なのだ。


 陽子は自分から家を出て廃ビルの屋上へと辿り着き落下して死んだ。そこに至る道筋に他者の介入はなく落下した事以外は全てが陽子の意思である。客観的に自殺するだけの事情もあり、事前情報があるほど先入観に囚われる。ポン太に陽子を含めた被害者を殺害する何の動機もありはしないし、殺害されるような状況とはかけ離れていた。誰もがポン太を理解出来ずに容疑者としてマークされることはなかった。何故ならポン太は無差別殺人こそが目的のシリアルキラーですらないからだ。


 陽子の事件もポン太の主観からすると、話している内にムカついて蹴り飛ばしたら廃ビルの屋上から落下して死んでしまったというものであり、事故のようなものだという認識である。殺害したという自覚すらも薄い。

 そこに計画性などありはしない。全てが行き当たりばったりの衝動殺人だ。あまりにも動機が軽すぎて衝動殺人とすら呼べないかもしれないが。

 ここまで浅慮で未だに刑務所に入っていないのはポン太が優れた直感を持つ故であった。ポン太が手を出すのは殺害しても大丈夫だと確信した時のみであり、その強靱な直感的保身力がポン太を今まで生き長らえさせていた。


 これで何十人もの被害者が出ていたら警察もポン太をマークしていたかもしれないが、ポン太は別に殺人の趣向があるわけではない。

 被害者は片手の指で数えられる程であり、自殺未遂にリストカットをしているような陽子以上に情緒不安定な人間ばかりだ。ポン太は事情聴取すら受けた事がなかった。


 それが今、霊能力によって直に被害者から話を聞くという方法で窮地に追いやられ始めている。

 これまでに経験したことのない緊急事態に、ポン太は笑顔を浮かべた。


「やっぱアリス姫すげぇわ。そう来るとは思わなかった」


 心の底から湧き上がってきたワクワクした感情にポン太はどうすればこのイベントは盛り上げられるだろうかと頭を悩ませた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る