八咫烏7/白昼夢4
「姫様っ!」
「クリス、自力で抜け出してきたのか。自分の身体ごとロープを焼き切りやがったな。治療すっから待ってろ」
「僕の事よりもっ。弟が、弟が何処にもいないんです!」
「…………そうか」
炎で焼けただれた身体で橘冬木は廃墟の屋敷を捜索して、何処にも弟の姿が見えない事に嫌な予感を覚えていた。
それはアリス姫の苦い顔で更に顕著になり、八咫烏の構成員が服だけを残して灰になってるのを発見して確固としたものへと変わっていった。
「八咫烏は殺したん、ですね……。いえ、それに文句がある訳じゃ。でも翔太の行方が」
「それがな」
アリス姫が重い口を開いて冬木に答えようとした時、まだ生き残っていた八咫烏の構成員が血反吐を吐いた。
それは八咫烏実働部隊のリーダー的存在であるセイであった。年長者故の豊富な経験が中途半端に戦闘へと発揮され、アリス姫の破邪魔法で死にきれなかったのだ。
既に下半身は灰となっており、ジワジワと聖の魔法力が上半身も蝕み始めていた。助かる可能性はない。
「まだ生きてる。なあ、弟は翔太は何処にいるんだ!」
「おい、クリス」
せめて苦しませず介錯しようと近寄ったアリス姫に先んじて冬木はただれた手でセイの肩を掴んだ。
触れた肩は脆くヒビが入り胴体から取れていった。痛覚も機能していないのかセイは億劫そうに冬木を見返した。
「最期に見んのがヤローの顔かよ。やれやれだ」
「弟は何処だ」
「知らねえ。そもそも捕まえられなかった」
妖精が連れて行った。そう口にするセイに、アリス姫は異界に浚われたのだと思うと付け加えた。
あらゆる時代あらゆる世界に出没する時空妖精。子供の神隠しの一因。
細かい説明も判明した経緯も話さず、アリス姫はただ無理だと首を振った。連れ戻す事は出来ない。ただその事実だけをアリス姫は口に出した。
「嘘だ。そんな馬鹿な。だって今日だ。つい数時間前まで一緒にいたんだ……」
呆然とする冬木にセイは奇妙な共感を抱いた。弟のアオが自分の身代わりに人柱になったと聞いた時と同じ顔を冬木がしている気がしたのだ。
「格好良かったぜ、お前の弟」
まだ幼い少年が曲がりなりにも国家機関である八咫烏を出し抜いて少女を救出した時、セイは何故か救われた気がしていた。
何処かで間違えて走り続ける事しか出来なくなっていた自分達をあの少年は一人、光の中へと連れて行ってくれた。きっと、そんなところだ。
「悪かったよ。虐めて。ちょっと羨ましかったんだ」
「何がだ。家族を引き裂いて何が言いたい」
「そうだな。でも」
灰となって崩れていく中、セイは笑って答えた。
「大丈夫だ。お前の弟は立派な男になる」
何処か満足気に八咫烏の青年は灰と消えた。
炎だ。炎が冬木には見えていた。
今ではない何時か、ここではない何処か。そこで冬木は炎を纏っていた。
「弟は無事なんだな」
【ああ。お前が計画を実行すれば生かして返す。保証するよ】
【駄目だ! 兄ちゃん、兄ちゃんはそんな人じゃないだろ!】
「そうか、無事か」
八咫烏の構成員セイの声に紛れて翔太の声が聞こえたことに冬木はホッとして電話を切った。
もう心は決まっていた。相手がどんなに立派な人間だろうと、心を許した仲間だろうと、家族を優先する。それが冬木の結論だった。
エインヘリヤルを殺す術を八咫烏が持つ以上、冬木の決意は揺らがない。最終的にアリス姫が勝とうと、弟が犠牲になるのでは意味はないのだ。
ワンダーランドのマンションに警察が乗り込んだ後、冬木はロードウィザード最高峰の範囲魔法で仲間達を火の海に沈めた。
「何だその遺言は! 弟は遠くで元気にやってるから心配するなとでも言いたいのか!」
炎の幻影の中、冬木は因果応報だと別の自分に囁かれていた。
これが報いなのだと、やってもいない事を責め立てられて。
「立派な大人になって欲しかった訳じゃないんだ。僕はただ」
冬木は叫ぶ。弟は関係なかったはずだと。
自分にこそ罰は下るべきだと。
「一緒に魔法で遊びたかった。それだけで……」
泣き崩れる冬木をアリス姫は抱きしめてポンポンと頭を軽く叩いてあやすことしか出来なかった。
きっと今回の事件には子供しかいなかったのだ。
傷付いて、傷つけ合って、誰もが泣いて、そうして泣き疲れて終わったのだ。
もっと早く、誰かが。話を聞いてくれるような大人がいれば違ったのではないかと。
そんな夢想をアリス姫はせずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます