八咫烏6

 アリス姫が八咫烏の詳細を知ったのは全てが終わった後だ。バーチャル界の自己領域から実家の車内に転移し、車のトランクをポータルゲートに改造し、拓巳の霊障をアークビショップの治癒魔法で解呪し、祈祷の範囲外から追ってきていたらしい悪霊を南透の霊視と破邪魔法で蹴散らしと、アリス姫は出来る限りの最善を尽くした。

 だが、それでも翔太が消えた事も八咫烏が七人ミサキに変貌した事も防ぐことは出来なかった。

 穢れに汚染されつくした魂をエインヘリヤルにすることも拓巳のように天に導くことも今のアリス姫には出来ない。


 出来る事と言えばゲーム内で開発された邪悪なモノを滅する魔法で事件の後始末をするくらいであった。


「ギギャ、ギギッ、ギダナ」

「ああ」


 廃墟に足を踏み入れたアリス姫は言葉を話すことすら難しそうにしている八咫烏の人間を見て顔をしかめた。

 悪霊に憑依されたというレベルではない。アリス姫に視認できる以上、霊体でこそないだろうが肌はドス黒く変色し目は白目で、ぎこちない動きから死後硬直が既に始まりつつあると思われた。

 動く死体、リビングデッド。八咫烏はそういうモノに堕ちていた。


「翔太とクリスは何処だ?」

「アニ゛ハオクダ。オドウドハキエタ」

「消えた?」

「ヨウゼイニ、ツレテイカレタ」


 SCP財団の情報を聞いていたアリス姫は苦い顔をした。時空妖精に浚われたということは、発見は絶望的だということだからだ。

 或いは翔太が死ねばアリス姫の周囲に出現するのかもしれないが、それも世界を跨いで適応されるのかは不透明だ。異界はアリス姫の世界とルールが違う。

 人の思念が力となる人間に優しいルールが敷かれている現神世界以外にアリス姫が知っているのは、絶望が蔓延るクトゥルフ世界と理不尽が横行するSCP世界のみ。


 バーチャル力が至高のバーチャル界と、オーディンの鎮座するドリームランドは現神世界の内包異界のようなものだ。

 現神世界が存在することが前提の小異界。本格的な異世界ではない。現神世界由来の力が使用できるのかすら分からない本当の異世界と一緒にしてはいけない。


 時空妖精や異次元の色彩がこちらの世界に影響を及ぼせる以上、逆も可能だとは思われるが、翔太の命で試してみる気にアリス姫はならなかった。

 迷子を連れ戻す為に呪い殺そうとするなんて本末転倒なのだ。


「また拓巳が泣くな。只でさえお前らの事で心を痛めてんのに」

「ヨゲイナオゼワダ」

「そう言うなよ。泣いてくれる奴がいるってのはさ、何かを犠牲にしなきゃ前に進めない奴にとっちゃ救いなんだぜ?」


 アリス姫はかつての自分と穂村を思い出しながら言う。

 八咫烏はきっとタラコ唇さんや江利香のいなかった自分達なのだとアリス姫は思った。


 日本の霊的防護の支柱。護国の祈り。仲間の為の礎。託されてきた歴史。

 目の前の七人ミサキがそういう類いのモノだと理解しながらも、アリス姫はこれ以上の子供を犠牲にしない為に、ここで粉微塵に砕くことを決めた。


「こいよ七人御先。導きの神の眷属共。今日で八咫烏の歴史は終わりだ」

「シジャヲ、シタガエルモノ。トツグニノシニガミ。コノクニヲスキニハサセヌ」

「また、そういう動機か。英雄の次は神の使いが敵とはな」


 アリス姫は苦笑して、牧杖をアイテムボックスから取り出した。


「言い訳はしねえ。お前らが気にくわないから滅ぼす。覚悟はいいか」

「コロセ」「クラエ」「ノロエ」

「ナカマヲ、スクウノダ」


 問答は終わり純粋な生存競争による闘争が始まった。




 八咫烏による蠱毒の呪詛は日本の霊的防護が破綻しているが故に際限なく強まるという皮肉な性質を持っていた。

 ポツダム宣言受託による日本の降伏は1945年。多少、準備に時間を要したとして、おおよそ50年間分の呪詛は七人ミサキの一人が現代日本最高峰の霊能力者であろう前田拓巳を凌駕する力をもたらした。このまま日本の現状が変わらなければ、あるいはサンジェルマン伯爵すらも苦慮する大怨霊へと成長を遂げたかもしれない。

 だが、この事実を逆に考えると、八咫烏が流してきた血と呪いはアリス姫が霊感の強い人間を七人覚醒させれば釣り合ってしまうという事になる。

 数百人は犠牲にしたであろう大呪であるにも関わらずである。


 哀しい程の才能の格差であった。人の思念が力になる現神世界であっても基本的に異能は魂の力を基に発揮される。

 これが現神に加護を授けられるという事であり、邪神に影響を受けない化物であるという事である。


 たかが数百人の犠牲では、アリス姫に届くはずもなかったのだ。


「ギキャアアァアア!!」

「ホーリーバースト」


 ボロボロに崩れ落ちる身体で尚も飛びかかってくる七人ミサキの一人を、アリス姫は牧杖の先から放った破邪魔法でこの世から完全に消し去った。

 後には燃え尽くした灰しか残らない。魂も消滅し、成仏することも生まれ変わることも不可能だ。

 リンク能力により変身したアークビショップは教会の大司教の名を冠しながらも所詮はゲームの職業に過ぎない。破邪魔法とは単なる聖属性魔法に過ぎず、邪に属するモンスターに特攻ダメージを与えるだけの攻撃魔法だ。そこに救いなどという要素はない。

 だからこそ、一切の余計な要素が省かれたアリス姫の魔法は現実の他のどの宗派の秘術よりも容赦なく悪霊を排除し得たのだった。


「確かに強い。速い。身体能力だけなら以前相対したヨモギ以上だろうな。だが」


 背後から飛びかかってきた七人ミサキは空中に出現した結界魔法により動きを強制的に阻まれ、アリス姫の破邪魔法で塵となった。


「本能任せの大振りな攻撃ばかり。お前ら、理性を削られて正気を保つのが実は精一杯だろ」

「ギガガッ」「ギゥ」

「拓巳を見て、悪霊を使役するだけでは俺には勝ち目はないと賭けに出たか。普通に戦ってりゃ多少は勝負になったろうに」


 一人、一人と消滅していく仲間に七人ミサキは追い詰められ破れかぶれで全員がアリス姫に突撃して。


「リデル」

「見てられないわね。早く終わらせて上げましょう」


 結界魔法とバーチャルキャラクターに阻まれて、アリス姫に傷一つ与えることも出来なかったのだった。

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