八咫烏5

「準備は出来たな。覚悟はいいか」


 そうセイは八咫烏の仲間に確認した。呪術が失敗して無駄な犠牲が出るだけの結果に終わるのだけは避けなければならない。

 日本の対魔組織に無意味な殉死を許容できるだけの余裕などありはしないのだ。


「今更、そんなこと聞く?」

「あー怖え。しょんべんチビリそう」

「止めて。死に際にまで不快な思いをさせんな」


 ワイワイと賑やかに八咫烏の構成員はセイに返答した。その中に大人の声は混じってはいない。

 声変わり前の子供の声だけが響いていた。八咫烏で大人になれるほど長生きを出来る者は限られている。

 彼らはまだ十代前半の少年少女なのだ。この中でただ一人、セイだけが18歳と少し年上だが、それは病弱だった弟が身代わりとなっただけの話であった。


「そんだけ無駄口を叩けるなら十分だな。ハンマーを構えろ」


 彼らの前には小さな持ち運びが出来るくらいの七つのお地蔵様の石像が置かれていた。

 お地蔵様は正式には地蔵菩薩(じぞうぼさつ)と言い、釈迦如来の入滅後、弥勒菩薩が現れるまでの仏不在の現世を救う為に顕現したとされる菩薩である。

 特に日本の民間信仰では道祖神、災厄が村に侵入して来ないよう路傍を守る神であるとされる他に、大いなる慈悲の心で子供を守る神であると見做されている。


 八咫烏の構成員が常に持ち歩くこのお地蔵様の石像はオカルト的な力があるわけではない。ましてや、彼らが救いを求めて所持していたわけでもない。

 約束なのだ。かつての仲間との。


「待たせちまったな、アオ。父ちゃんと母ちゃんによろしくな」


 同時に振り下ろされたハンマーがお地蔵様を砕き、彼らは自らの救済を否定した。

 そうして八咫烏の子供達の合図を確認した使役していた悪霊が、かつての仲間達が次々と彼らの身体に憑依する。


 肉体の突然の異常に苦しみ呻いているが、八咫烏のメンバーの目には絶望の色はない。

 見えていたからだ。仲間達が成仏して消えていく姿を。


 七人ミサキ。


 事故や災害、特に海で溺死した人間の死霊の集団とされ、常に七人組で現れるとされている。

 七人ミサキに会った人間は高熱に見舞われ死んでしまうと言う。死んだ人間は新たな七人ミサキの一員となり地上を彷徨い続ける。

 それでも七人ミサキの数は決まって七人だ。それは一人を取り殺すと代わりに七人ミサキの霊が一人、成仏するとされているからだ。


 八咫烏は日本の四国地方や中国地方に伝わるこの伝承の集団亡霊を利用することで、悪霊の世代交代を行っていた。

 悪霊は長く現世に留まると、どんなに立派な人格をしていても汚染されて狂ってしまう。かつての仲間だろうと家族だろうと襲って魂を喰らおうとする。

 だから八咫烏は期限を決めたのだ。次の七人ミサキとなる人間と組み合わせて悪霊を使役することで安全性は飛躍的に高まった。


 特に家族、血の繋がりのある者同士をパートナーにすることで、世代交代の期限は延び我が身可愛さに約束を破るような人員は減った。

 悪霊が溜め込んだ呪いは次の七人ミサキに受け継がれ、世代交代をする度に呪詛は際限なく強まっていく。


 日の本を守る為に、自分達を追い詰め地獄に落とした外つ国を呪う為に。

 八咫烏の全構成員が参加した蠱毒の呪詛。


 それが彼らの選択した在り方であった。

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