七十話 仕事中毒

 ポータルゲートを設置する為に工事中の海外拠点は15ヶ所。3つのポータルゲートは俺の私用に取ってある。

 一つは既にワンダーランドの自室のクローゼットに繋げてるな。アイテムボックスと併用すりゃ秘密裏に移動可能な隠し通路を簡単に形成できるし、業者にクローゼットを移動してもらえば行ったことのない地域にワープ出来るようになるから思ったより重要な便利アイテムと化している。今んところタラコ唇さんとミサキ以外にも浩介と弘文と穂村のエインヘリヤル組に緊急脱出路として知らせてるから動かす気はないが。

 一つは実家用。ポータルゲートを繋げて姉とテレパシーを出来るようにしておきたい。


 テレパシーは俺とリデルの周囲1500キロメートルの範囲が現状じゃ限界だ。記憶を取り戻してちょっと成長したが、それでも東京より狭いな。

 リデルは俺の周囲と自己領域内なら好きに出現できるから、自己領域内ならどれだけ広がろうとテレパシー範囲に収められる。そこから空間的に繋がってるポータルゲートの先もテレパシー範囲に入るから福岡にポータルゲートを設置するだけで遠距離にいる実家の姉と連絡できるようになるんだよな。

 日本にも流通拠点が一つは欲しいとユカリも言ってたし、福岡の実家付近を流通拠点とするべく工事中だ。元から福岡は海外との貿易港となってるから誤魔化しやすいしな。地元連中も景気が良くなって喜ぶだろう。

 うん、政治家が地元を贔屓して土地開発する気持ちが分かった気がする。別に金を貰ったり票を貰ったりしてるわけじゃないが、不都合がないんなら地元から始めるよなそりゃ。


 最後は異界挑戦用だ。必要はないし危険だが念の為に開けてある。

 ドリームランドのような危険な世界以外にも異界はあるし、何かの拍子に迷い込んでポータルゲートの余裕がないから二度と行けないなんて事態になったら勿体ないしな。異界でバーチャルトラベルは発動するなとリデルに警告されてるし。


 現実でバーチャルトラベルを発動した地点も異能的には繋がりがあるらしくてポータルゲートと同じくテレパシーの中継地点になる。そうじゃないと穂村に自己領域へ連れて行かれた時にテレパシーで助けを求められなかったしな。空間的な繋がりはないから電話とかは通じないんだが、格上の化物だと無理矢理こじ開けられて通行される可能性があるから異界に挑戦する時は絶対にバーチャルトラベルを使用してはいけないらしい。

 異界から逃げるなら適当な場所をポータルゲートにするなり、持ち込んだポータルゲートを設置するなりしてバーチャル界に移動して、バーチャル界側のポータルゲートを破壊するのが一番だって話だ。勿体ないけどな。命には代えられない。


「姫様、ドリームランド以外の異界には挑戦する気でいるのですか。危機管理的には自重して欲しいのですが……」

「科学振興や経済活動的には異界の発見とか垂涎ものだろ」

「バーチャル界すら持て余してる現状でこれ以上の異界発見は負担にしかなりませんよ。土地や資源が欲しいのなら姫様のチャンネル登録するよう配下に周知させるなり金銭で意図的に増やすなり方法はあります」

「それはちょっと止めてくれないか。バーチャル界はVtuberを認識してる人間の集団無意識で形成されている。そこに実利のみでメスを入れると、どんな副作用があるか分からん。一般的なV企業がやってるようなテレビ出演なんかのメディア露出すら時期尚早だと控えてるくらいなんだ」


 ユカリの提案を慌てて却下した。数字だけを無理矢理に上げても多分、意味はないんだ。

 Vtuber文化を盛り上げる為に金は必要不可欠だが、マネーパワーさえありゃ盛り上がるかというと疑問だしな。

 アニメや映画とかでも巨額の投資をしたにも関わらず不評だったり、逆につまらなくなったと離れていくようなケースは多い。

 ガチャで炎上を鎮火させる為に詫び石を奮発したら初心者が古参並に簡単に強くなって、興醒(きょうざ)めだとプレイヤーが離れていくようなもんだな。Vtuberとして人気になりたいなら時間を掛けて正攻法で挑んだ方が絶対に良いはずだ。

 変に焦って必要のないアップデートをするのは逆効果。民衆の魂の力がバーチャル力なんだし、おそらく興味のない義務で視聴するリスナーを増やしても現状の力を得るには倍の登録者数が必要になったなんてオチに終わるのだ。


「金を投資するならむしろ他の経営難で苦しんでいるVtuber企業に資金援助したり、界隈全体を盛り上げる為のイベントを企画したりとかの方がいいと思うぞ。まだ社会のVtuberに対する認知度が足りない」

「そうですか。資金は必要な所に計画性を持って投資をしろと。言われてみれば当然の話ですね」


 俺の話に頷いてユカリは納得してくれた。この話題はもっと早く話し合っておくべきだったな。

 確かに新人Vtuberが急激に登録者数を増やして人気Vtuberになるってシンデレラストーリーが展開し得るのがV界隈だが、それにしたって限度はある。

 50万登録者数くらいまでなら凄いと賞賛されるだろうが、もし俺のチャンネル登録者数が100万を簡単に超えたら疑問に思われるだろう。そこまでVtuberオタクの数は多くない。先行者特典で突き抜けた一部のVtuberやブランド価値を持った企業のVtuberならば納得されるだろうが、ひめのやはまだ新興V企業だ。納得されるだけの歴史がない。

 いや中国市場に進出すれば可能性がなくは……そうだな。中国のプラットフォームのビリビリ動画に今から進出しておくのは有りだ。人口が違うからVtuberに熱狂してる人間だけでも100万を超える可能性が高いし、YouTubeの登録者と合計してバーチャル能力が強化されるかもしれない。見てる人間が違うだろうし。


「もー、また難しい話をしてる。せっかく海にいるんだし、遊びましょうよ」

「そうだよ、お姫ちん。この前からちょっとオカシイよ」


 水着姿のタラコ唇さんとミサキに言われて、そういえば最近はふざけたりして羽目を外してないなと思い当たった。

 前田孝のトラウマを思い出してしまったからか。社畜時代の精神に引きずられているのかもしれないな。

 あー、やだやだ。何時から俺はこんな仕事人間になったんだ。せっかくポータルゲート予定地の近くにバカンス出来るプライベートビーチがあったんだ。もっと遊ぼう。

 つーか、見目麗しい美女が三人も傍にいて、うち二人は彼女だっていうのに見向きもしてなかったんか。14歳バージョンの少女タイプボディだからって枯れすぎてるわ。もっと男時代の欲望を思い出せよ。


「うっし、日焼け止めオイルでも塗ってやろう」

「あの姫様。私まで彼女達と同じ扱いはしないでくださいね?」

「なんだ。好きな奴でもいんの?」

「いえ、その。仕事相手と必要以上に仲良くなるとやりづらくなってしまいますので」


 ユカリが遠慮したが、ミサキからGOサインが出たんでついでに塗りたくった。

 こういうタイプはむしろ情で雁字搦(がんじがら)めにした方が良いってさ。確かにそんな気がするな。

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