六十九話 人口削減計画

「待て、それはどういう事だ!」


 自分の声でハッとして目が覚めた。

 ここは飛行機の中? 俺は夢を見ていたのか?


「どうしたのお姫ちん?」

「ああ、いやそれが……何だっけ?」


 タラコ唇さんに夢の話をしようとして、何も覚えていない事に気付いた。

 何か重要な話を聞いたような気がしていたんだが。


「リデル、ちょっと出てきてくれ。もしかしたら神様からのお告げかもしれない」

「そんな啓示はないわ。単に寝ぼけていただけじゃないかしら」


 一言で切って捨てるとリデルは再びいなくなった。リデルがそう言うってことは何の干渉もなかったという事か。

 本当に単なる夢なのか。凄まじく嫌な夢だったと思うんだが。


「姫様も悪夢にうなされていたのですね」


 ユカリが青白い顔でホットココアを飲んでいるのを見て、悪夢を見たのは俺だけじゃないのを悟った。

 そういや夢の中にユカリが登場していたような気が……するような、しないような。

 ここしばらく働き詰めだったし疲れてんのかな。ユカリもワーカホリックの気があるし、この旅行でちょっと遊んだ方が良いのかもしれん。


「はい。アリスさんはホットコーヒーで良いよね?」

「おうサンキュー、ミサキ」


 明確に恋人というか愛人というか二号というか、妾みたいになったミサキは敬語の取れた気楽な口調で俺にホットコーヒーを渡してくれた。

 そろそろ暖かい飲み物は遠慮したい季節になるが上空だと冷えるからな。暖房を掛けて暖かくしないとやってられないのだ。


「それで何だっけか。フリーメイソンの話の途中で食事休憩を挟んで、そのまま眠ったのか」

「そだね。チューしても起きなかったよ」

「ミサキちゃん内緒にしようって」

「えへへ」


 キャイキャイ騒いでいる二人を見て、深刻に考えるのが馬鹿らしくなった。所詮は夢だ。忘れよう。

 それよりフリーメイソンの話の続きを聞かないと。


「これから目的地の一つでフリーメイソンの最上級幹部であるブルーブラッドの一人と会うんだろ? ユカリ、今のうちに組織の概要を聞かせてくれ」

「話していた方が気が紛れますし構いませんよ。先程、話したように私は末端に過ぎないので深い所までは知りませんが、それでも情報収集は続けていました」


 フリーメイソンを語る上でイルミナティという秘密結社の存在を外すことは出来ない。

 ボランティア団体としての姿が強く、時代に翻弄されて秘密結社へと変貌していったフリーメイソンと違ってイルミナティは組織設立からしてガチの秘密結社だ。

 イルミナティは悪魔を崇拝して地球人類の人口を大幅に削減し、世界統一政府の樹立を目指していたと言えば脅威が分かるだろう。

 危険思想を危惧して国家に本腰を入れられて弾圧、淘汰された現在でも実はイルミナティは生き残っているのではないかと警戒されるくらいには危険なカルト組織だ。フリーメイソンの上層部は実はイルミナティに支配されているというのが陰謀論信者の主張だな。


「惜しいですね。フリーメイソンの上層部に元イルミナティの幹部がいたというのは事実なのですが」

「マジか。ヤバいじゃん」

「危険なのはそうなんですが、支配されたというよりは国家に迫害されるイルミナティの友人をフリーメイソンの人間が助けたというのが実際の所です。富豪同士の相互扶助ですね。この行為自体は他のフリーメイソンのメンバーも認めていたんですよ。迫害されて苦しい思いをする経験は彼らにもあったので。問題はイルミナティの思想が一部のフリーメイソンのメンバーに感染した事でして」


 イルミナティの提言した地球人類の人口削減。これに賛同したフリーメイソンの幹部がいたのだという。


「『人間はあまりにも増えすぎた。地球は我々を養える程に豊かではない』これがその幹部の残した言葉です。ジョージア・ガイドストーンをご存じでしょうか。あの遺跡は一種のプロパガンダです。部外者にではなくフリーメイソンのメンバーへと語りかけた、こうあるべきだという組織の在り方ですね」


 ジョージア・ガイドストーン。R.C.クリスチャンと名乗る正体不明の人物が1980年に建造した花崗岩によるモニュメント。8つの言語で書かれた10のガイドラインメッセージで有名な遺跡だ。そこには自然と永久的に共存するため人類は5億人以下を維持せよという一文がある。

 人口削減計画を裏で進めているのではと騒がれている元凶だな。薔薇十字団つー、魔術や錬金術に傾倒したフリーメイソンとは別の秘密結社の関与が疑われていたんじゃなかったか?

 いや、フリーメイソンの思想に薔薇十字団が影響を与えてるって話もあったな。広い意味じゃ間違っていねえのか。


「陰謀論の一つに三百人委員会や影の世界政府と呼ばれる組織があります。これはブルーブラッドの事を言っていまして、世界は実は裏から支配されているという都市伝説のようなものですね。私もはったりとして姫様に地球の支配者としてブルーブラッドを語りました。実際に彼らが集まって会議を行いこれからの地球の行く末を語り合うこともあります」


 そういやジョージア・ガイドストーンには新しい言語で人類を団結させよとか、公正な法律と正義の法廷で人々を保護せよとか、外部との紛争は世界法廷で解決するよう全ての国家を内部から規定するとか、狭量な法律や無駄な役人を廃すとかあったな。万物を沈着なる理性で統制するとか完全に実質的な世界支配を前提として書かれているんだよな。少なくともプロパガンダに出来る程には現実的な話なのか。


「新世界秩序。世界統一政府の樹立。可能なのか?」

「まさか」


 ユカリは笑って首を振った。


「ブルーブラッド内ですら意思統一は出来ていませんよ。せいぜい誰もが納得する地球環境の改善だとか科学技術の推進だとかをお題目にするのが限界です」


 どうやら三百人委員会は、国連総会の富豪バージョンみたいなもので思ったより遙かに普通の会議らしい。

 その現状に納得がいかない一部のフリーメイソン幹部や派閥が独自にテロ組織に資金援助したりして人口削減を意図して動いていたりしてるんだとか。

 内部統制が出来ていないとフリーメイソンの組織も困っているみたいだな。


 なんつーか、そりゃ世界のヒエラルキートップの集団とか簡単には纏まらないよな。良くも悪くも人間らしい話だ。

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