白昼夢1

「何でだ、ユカリ。どうしてこんな事をした」

「さて、何を言われているのか分かりかねますが」


 ? これは夢か?


「鈴原さんの身柄を抑えた事でしょうか。鈴原さんは実は公安警察でして……」

「気にはなるが違う。そっちじゃない」


 俺とユカリがワンダーランドの事務所にいるな。

 ユカリは穂村の話を聞いてからワンダーランドに近付かなくなったんだが。これは何時の夢なんだ?


「陽子の話だよ」

「っ!」

「俺が気付かないと思ってたか? そこまで俺は馬鹿に見えてたか?」


 俺は完全にキレて目が血走ってるな。戦闘モードなのかリンク能力でアリス姫スタイルになっている。

 リデルの姿が見えないのが不思議だが。戦闘なら18万登録者のバーチャルキャラクターの方が基礎戦闘力は高いはずだぞ。


「陽子に仕事がいかないように圧力を掛けてやがったな」

「……ええ。その通りです」

「聞いてやるから理由を言えよ」


 地下アイドルの山川陽子か。アイドルマインドのチート能力に覚醒した。

 確かに幾らセンスがあっても会社に干されてたんじゃアイドルとして活躍するのは難しいだろうな。


「アイドルマインドのチート能力を持ってるからですよ」

「それだけでか?」

「強いて言えば姫様の先を見据えない見通しのなさも理由でしたね」


 ユカリは語る。風俗嬢の視点から。


「夜の店には鬼出勤という言葉があります。一週間一つの店で働くだけでは鬼出勤とは呼びません。複数の店を掛け持ちして24時間、毎日働くことを鬼出勤と呼びます」

「それじゃ睡眠時間を確保できないだろ」

「客の予約を取る待ち時間に寝るんですよ。実働時間は一日20時間と言ったところですか。そこまで働けばどんな娘でも300万から500万は稼げますね」


 そして、その金を全てホストクラブに注ぎ込むらしい。締め日の一日で。

 なんつーか、薬物依存症みたいな怖さがあるな……。


「貢がれてるホストも余裕なんてありませんよ。自分を指名してくれる娘を店外でデートに誘ってデート費用をホストが全額出しているんです。その娘が16万を店で使ったとしたら、売り上げの半分くらいが手元に来て5万くらいはデート費用に消えると思ってください」

「カツカツだな」

「借金をしてるホストも多いですね。店で指名してくれた娘を信じてツケで数百万を使わせたら消息不明になった。よくあることです。全額がツケを許したホストの負担になります」

「どうしてそこまで……」

「歌舞伎町では異性から大金を引っ張れる人間こそが魅力的だという価値観があります。要は見栄ですね。そんな文化がまかり通っています」


 狂った町です。破滅する人間も多い。

 そうユカリは顔を歪めた。


「アイドルマインドは日本全土を歌舞伎町にしかねない。姫様の先を見通さないその場限りのノリでこの国を滅茶苦茶にされては堪らないんですよ」

「それがお前の本音か、ユカリ」

「ええ。サキュバスだって私がいなかったらどうなっていたと思いますか。後先を考えないエナジードレインで死者が出たら国が乗り出す。不老不死をもたらすことが出来る女の子? 人魚のように狩られるに決まっているじゃないですか」


 確かに。俺はそこまで未来を見据えて動いていたわけじゃない。

 サキュバスを生み出した当時は俺自身、余裕がなくて生き残ることに必死だった。ユカリがいて幸運だったんだ。


「確かに俺は先を見据えないその場のノリで動くような馬鹿だ。でもな、だったらもっと早く言えば良かったんだよ。本音でぶつかるべきだったんだ。陽子の持つアイドルマインドは出力を抑えられた。心酔させて破滅させるだけでなく、落ち込んだ人間に元気を分け与えるような優しい使い方だって出来たんだ。ユカリの心配するような未来はきっとやって来なかった」


 悔いだ。俺だけでなくユカリも悔いで顔が歪んでいる。今にも泣きそうな折れそうな顔で耐えている。


「思うわけないじゃないですか。こんなに簡単に死んじゃうなんて……」

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