六十八話 化物失格
モロホシにガン泣きされて俺の馬鹿さ加減が骨身に沁みた後。俺は新世界創造計画と名付けられたリデルの『不思議の国』を舞台にした経済特区を作り上げる為、流通拠点化工事を進めている海外の現場に向かう飛行機の中にいた。まだポータルゲート自体が建造できちゃいないが、俺が一回下見をしてりゃ国際電話越しにOKのサインを貰うだけで日本から転移してポータルゲートを設置できるからな。人が少ない内に流通拠点予定地を回り終えた方が良い。
ちなみにポータルゲートの傍に流通拠点が必要なのはバーチャル界にある俺の自己領域、72平方キロメートルでは広さが全く足りないからだ。ポータルゲートを作成する地に予め街を建造してるらしい。
まあ10ヶ所以上の海外にまで繋がる遠距離ポータルの中心地とか世界最大の都市になっても変じゃないしな。むしろポータルで繋がった遠隔地に街がないと人があふれるのは当然だったか。
自己領域に形成される都市、アリスシティは流通の邪魔にならないよう道路を優先して建造されるらしいし、東京みたいに家賃がクソ高いだろうしな。労働者はポータルの外にある遠隔地の住宅街からアリスシティに通うようになると思う。
うーん、こりゃ俺が死んだらポータルゲートが崩壊して経済的に大ダメージが各国を襲うな。
今は黙って新世界創造計画を進めておいて取り返しがつかなくなってから国家の中枢に情報が行くよう計らうのが良い気がする。
「ええ、私達もその予定です。各国家の政府に交渉の窓口はありますので、秘密裏に情報を共有し、トップに情報が行くのは取り返しがつかなくなってからの予定ですね」
「……なぁ。そろそろユカリがどういう立場で、どういう組織の人間か、聞いても良いか?」
流石に各国家の政府に交渉窓口がありますとか見過ごすのも限度があるんだよ。
何処にでもいるような風俗嬢が実は裏社会の高名な情報屋だったというのはラノベ的にはよくあることかもしれんが、現代社会の日本でそれはあり得ない。何らかの組織の紐付きに決まっているんだ。
俺は当初、ヤクザの情婦か何かだと軽く考えてユカリを甘く見ていた。警察に圧力を掛けることが可能であると判明した後は、逆にユカリならばヤクザ組織のみならず警察にも影響力があっておかしくはないと納得した。
でもこれは無理だ。何らかの国際的組織の援助がなくては実現しないぞ。
「そうですね。姫様のおかげで私も日本支部の幹部クラスには出世できましたし、話しても平気でしょう」
微笑んでユカリは言った。
「私はブルーブラッドの情報機関、フリーメイソンのスパイです」
フリーメイソンは元は石工職人の互助組織を土台として形成された組織であり、現代で最も有名な秘密結社と考えられているのとは裏腹に平和な団体だった。
その団体に職人とは関係のない貴族や知識人が加入したことで友愛団体へと変貌することになるのだが、それでも秘密結社と言うには苦しい。
民間人を対象とする国際的な互助組織がない時代だったので、会員であれば相互に助け合うというフリーメイソンは民衆から好意を持って受け入れられたのだ。
フリーメイソンが広まった時期は絶対王政から啓蒙君主、市民革命へと移行する政治的な激動の時代でありフランス革命の当事者達の多くがフリーメイソンの会員であったが為に旧体制側から国家を転覆させる陰謀組織と見做されていた。また、特定の宗教を持たず理性や自由博愛の思想を掲げるヨーロッパ系フリーメイソンは、特定の宗教を否定することからカトリック教会などの宗教権力から敵視されていた。
こうした背景がフリーメイソンを秘密主義の排他的な組織へと変貌させ、本物の秘密結社へと歩みを進ませることになったのだ。
「現代のグランドロッジ、フリーメイソンの支部も大多数がただの社交クラブですね。あまりにも秘密結社として有名になりすぎたので秘密結社としては活動できないような状態に陥っています」
「でもユカリはガチのスパイだったんだろ? ミサキは知ってたか?」
「ううん。初めて聞いた」
「ううっ、何か聞いてはいけないことを聞いているような気がするよぅ……」
飛行機のファーストクラスの個室にはユカリと俺以外にミサキとタラコ唇さんが集まっている。
今回は旅行も兼ねたバカンス気分だったのでこれで全メンバーだ。後で旅行中の撮影動画から音声だけを抜き出して三人のアニメーションを描いて貰い、短編アニメとして流す予定。
他のメンバーも慰安旅行くらいは企画すべきかもな。ひめのや株式会社ってVtuberとは別の要素で大金を稼いでいるから金だけはあるんだよな。
まあ、チート関連の案件が破格すぎるだけで、ちゃんとV企業としての利益も出てるから還元してやらんと。
「スパイと言っても私は末端に過ぎませんでしたからね。なんと言いますか、金持ちの道楽以上の意味はなかった気がします」
「ああ、別に裏社会で人知れず暗闘してたとか、日本の政治家にハニートラップを仕掛けていたとかの深い理由はないんだ」
「むしろ、あってくれた方が良かったですね。何の意味があるのか分からないような仕事は精神的にきますから」
黄昏れるユカリを見て、これほどの才女を無駄に遊ばせていたフリーメイソンに対する危機感がごそっと消えていくのを実感する。
そうだよな。意外と社会って無駄だらけだよな。
「おそらくは風俗嬢からちょっとした噂話を聞く見返りに小遣い程度の給料を恵んでやろうという慈善事業ですね。真面目にスパイの職務を頑張っていた私が愚かだったというだけの話です」
「あの。ユカリさんには皆、助けられてましたよ。私も借金の一元化でかなり楽になりましたし。感謝してますから」
ミサキのフォローでユカリの立ち位置がなんとなく想像が付いた。頼りになる姐御って奴か。どういう経緯でそんな立場になったのかは知らないが、普通の風俗嬢に毛が生えたようなもんだな。俺がいなきゃ普通の一般人の範疇で終わっただろう。
それが一年もしないうちに世界的に有名な秘密結社の日本支部幹部か。世界征服願望をユカリに聞いて抱いた印象と変わらない人物像で安心した。あの頃のユカリを見て、俺は織田信長のチンピラ時代はこんな感じだったんじゃないかという想像をしてたんだ。
こいつに世界を取れるような武器を与えてやったらどんな世界になるんだろう。そんな興味が俺をユカリに肩入れさせていた。
「思ってたよりユカリさんって優しい人だったんだね」
「まあ、これほどの頭脳を持ってて俺を野放しにしてる段階でな」
ユカリは実は軍師には向いてないのかもな。俺を操り人形にする為にマンションに人質を集めたり、ギルド連中の住所を割り出したりはしてたと思うんだが、実際に行動を起こす所か、ほのめかそうともしなかった。やってたのは俺が要請した警察からの庇護と関係各所との交渉ぐらい。俺の秘書みたいな事しかしてない。
策を練るならともかく、実行するには優しすぎて非情になりきれないんだろう。
化物と呼ぶにはユカリはあまりにも優しすぎる。記憶を取り戻す前は能力ばかりが目についてこんな事も分かんなかったのか。
自分の馬鹿さ加減に溜息が出そうだ。
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