佐藤江利香の箱庭事件その6

「なるほど、大まかな事情は理解しました」


 もはや説得は不可能と臨戦態勢になる私達の中で、穂村さんだけが涼しい顔で包帯男さんを見た。


「アカリさん、戦闘はまだ可能でしょうか」

「正直、辛い。さっきの一瞬でHPを8割削られた」

「そうですか。戦闘で私達が勝てる可能性はゼロですね」


 私にはむしろお兄ちゃんが一方的に包帯男さんを攻撃したように見えたんだけど。そう驚いてお兄ちゃんを改めて見ると明らかな異常がお兄ちゃんを襲っていた。

 全身の服がボロボロになっていた。私には見えないスピードで攻撃されたってわけじゃなくて、まるで時間経過で自然とそうなったかのように。

 お兄ちゃんが虚空から取り出した剣が最も影響を受けていて風化で耐えきれなくなったかのようにボロボロで刀身にヒビが入っている。


「私共からすると辛いで済ませてしまう貴方の方が異常なのですがね。この包帯の影響下に晒されながらその程度の感想ですか」

「俺からすりゃ単なる状態異常ダメージだ。攻撃無効化に比べりゃ大した事じゃない」

「物質透過は私の手品に過ぎません。SCP-1203-AW-ミイラ包帯と比較すること自体が間違いなのですが」


 ミイラ包帯。お兄ちゃんに起きた事を考えると強制的な風化現象で触れた人間をミイラにするのかしら。

 だったら包帯男さんの中身は自意識のあるミイラって事になるんだけど。


「おや、オブジェクトの効果を当てられてしまいましたね。貴女の推測通りですよ。この包帯は生きたミイラを製造する人造アイテムです。度し難い話ですが、私共の世界にはSCPを製造するような狂人が居まして」

「実験体にでもされたのか……」

「Dクラス職員、元死刑囚が研究の一環で消耗するのは良くあることですがね。違います。とあるSCPを収容するにはこの包帯を利用するしかなかった」


 うわ、実験体として人が死ぬのは珍しくないんだ。何だっけ、財団は冷酷ではあるけど残酷ではないんじゃなかった?

 もしかして、そういう真似をしないと世界が存続できない程ヤバいって事だったり。


「SCPは対処を間違えると世界を滅ぼしかねない脅威。そういう理解で間違いありませんね?」

「その通りです」

「では、私の持っているこのSCPはどういう物でしょうか」


 そう穂村さんは淡々と虫籠を掲げた。




「な、馬鹿な。一体、何時」

「私は物体の転移が可能でして」

「それこそ不可解だ。SCP-084-AW-箱庭世界は転移を許さない。対時空妖精に持ち出したSCP。特殊な方法以外では転移など」

「移動禁止の世界内包SCPですか。では特殊な方法とは座標の入れ替えですね。転移にも種類があると」

「………………。その虫籠を開けることはお勧めしませんよ。この人造異界が呑み込まれるだけならまだしも、内部のSCPが収容違反をしてしまえば世界の危機だ」

「そうですか」


 穂村さんは包帯男さんの警告に軽く頷くと、ヒバナちゃんを呼び出した。

 その次の瞬間には妖精が続々と穂村さんの周囲に現れていく。


「私の話を聞いていましたか!? 時空妖精は子供を浚うんですよ!」

「ええ、聞いていましたよ。ですので江利香さん」

「は、はい!」


 急に名前を呼ばれて心臓が口から飛び出そうになった。なんで穂村さんはこんなに冷静なの。


「時空妖精の魔法を剥奪して下さい」

「え、ええ!? そんなこと、出来ないよ!?」

「出来ますよ。単に、時空妖精の発声器官を人間と同じ形にするだけで良いんです。鈴原さん、妖精の言葉は人間には発音できない単語があると言っていましたよね?」

「え、ええ。それは確かです」

「翔太君が妖精の魔法を使えなかったのは魔法の言葉を唱えられないから。時空妖精が急に姿を消す場面も何度か見ましたが、必ず事前に言葉を話していた。無言では火の粉を出すことも突風を吹かすことも出来なかった。包帯男さん、何か見落としはありますか?」

「…………ありませんね」


 場の雰囲気を完全に穂村さんが牛耳っていた。

 あれほどの迫力で私達を威圧していた包帯男さんですら、穂村さんの得体の知れない不気味さに気圧されているように見える。

 これが、アリス姫ですら英雄だと認めたという穂村雫なのか。


「良いのねマスター。【妖精の声帯】を【人間の声帯】に変化させるわよ?」

「うん。エリ、お願い」

「了解したわ」


 私のバーチャルキャラクターである赤衣エリカが固有能力『変身願望』を発動させる。

 喉に違和感を感じた妖精達が騒ぐのを必死に鈴原さんがなだめている。既に鈴原さんは妖精言語をマスターしてるんだ。


「どうですか。包帯男さん」

「確かに、これなら許容範囲ですね。妖精の子孫が人間の声帯のままなのかという点については気になりますが無害化に成功したと判断しましょう」

「いえ、そういうことではなく」


 穂村さんの舞台は終わらない。


「今のは私がリスクなしにSCP-084-AW-箱庭世界を使用出来るという実演です。世界の危機を招くようなSCPが内部にはいるんですよね?」


 まさか。

 ここはバーチャル界の境界付近。私の自己領域と集団無意識によって形成されたバーチャル界を遮る白い靄は直ぐ傍にある。

 ヒバナちゃんの固有能力『双転移』の射程は5メートル。自己領域の外も射程範囲になる。


「バーチャル界にSCPを放たれたら困るんじゃないですか?」

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