佐藤江利香の箱庭事件その5

 包帯男さんの言葉が終わると同時にお兄ちゃんが虚空から剣を取り出して斬りかかった。早い。

 残像が見える速度で移動したお兄ちゃんの攻撃を包帯男さんは無防備に身体で受けて、透過した?


「ふむ、幸いなことに武装は単なる鉄の塊に過ぎませんか。身体能力こそ高いですが、これだけならば」

「グラビティインパクトォッ!」


 お兄ちゃんを中心に景色が歪んで見える。包帯男さんは今度は数メートルの距離を跳躍して回避したみたい。早すぎて私には見えなかったけど。


「重力操作。異常な身体能力。空間操作。思ったより危険性が高いですね」

「利香、逃げろ!」


 はっとして慌ててバーチャルトラベルの発動準備をする。包帯男さんの狙いは私なんだ。

 穂村さんが私から少し離れて能力に巻き込まれないようにしてるのが見えた。もしかして残るつもりなのかな。お兄ちゃんを脱出させる為に?

 こちらは気にするなと穂村さんが手を振ったのを見て、泣きそうになりながらも私はバーチャル界からの脱出を。


「ティンカーベル」


 脱出、出来なかった。

 包帯男さんの一言で妖精らしき影が見えたと思ったら、バーチャルトラベルの発動が不発になっていた。SCPっていうのは何でもありなの。


「参ったわね。戦うしかないみたいよマスター」

「う、うん」


 エリの言葉に辛うじて頷くが、頭が展開に追いつかない。どうしてこんな事になってるの。


「待った。待ってくれ」


 包帯男さんの説得に一度成功した男の人が慌てて戦闘を制止しようと言葉を掛けた。この状態からでも何とかなるのかな。


「SCP財団の理念は確保・収容・保護のはずだ。世界が滅亡してしまわないように、人類が洞窟の中で身を寄せ合って小さな焚火を囲んで恐怖から逃避していた時代に逆戻りしてしまわないように、未知の暗闇の中で恐怖と対峙する。そういう組織だ。財団は冷酷ではあるが残酷ではないんじゃなかったのか!?」

「本当によく知ってらっしゃる」


 ほうっと包帯男さんは男の人を見る。世界滅亡。SCPはクトゥルフ神話級の厄ネタなのね。


「SCPは愛玩動物のような他愛ないオブジェクトだっている。俺は以前にも妖精達を見た。多少の危険性はあるかもしれないが野生動物の範疇だ。バーチャル界の自己領域に隔離しておくなら特別収容プロトコルと変わんないだろ。むしろ自己領域の管理者を終了してしまう方が危険だ。収容違反が起きるぞ!」


 幾つか分からない単語があるけど、要はバリアがなくなって現代社会に妖精が発見されてはならないって言ってるんだと思う。

 アリス姫もそこは事前に注意してた。帰り際に妖精を一緒に現実に連れて行かないようにって。バーチャル界由来のものはバーチャル力を消費しないと外には出せないから故意に連れ出さない限り事故でそんなことは起こらないし。


「なるほど。確かに説得力が高い。私も貴方の意見が全て正しいなら見逃していたでしょう」

「それなら」

「ただし、貴方は幾つか勘違いをしている」


 包帯男さんは指を立てて一つずつ指摘していく。


「まず、SCP-007-AW-時空妖精は収容出来ていません。時空妖精はあらゆる時代あらゆる世界に出没して時間の連続性が人間とは異なる。バーチャル界の自己領域でしたか。この人造異界は確かに外部のものを弾くことが出来るようですが住人と認められれば自由に出入り可能ですね。妖精の繁殖場所でしかない」

「うっ」

「次に時空妖精は貴方達が思っているほど危険性がないわけではない。確かに攻撃性は低くせいぜいが犬に噛まれる程度かもしれませんが、彼らは人懐っこく簡単に絆される」


 それの何がいけないの? 伝承の妖精通りだと思うんだけど。


「特に子供と仲良くなりやすい。それで何が起こると思いますか。妖精の伝承にはチェンジリングという自分の子供と引き換えに赤子を浚う逸話がありますよね?」


 あっ、私も思ったんだった。翔太君を引き留める妖精達の姿を見て、浚われるんじゃないかって。


「異なる時代、異なる世界に子供を浚う神隠しの要因の一つ。それがSCP-007-AW-時空妖精です」


 そして、と何でもないように包帯男さんは言葉を続けた。


「私も被害者の一人です。時空妖精と仲は良いですが、増やそうとは微塵も思いませんね」


 これで納得しましたか、そう包帯男さんは言葉を終えた。



――――――

AW=Another World=異世界支部

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