佐藤江利香の箱庭事件その4

「そんな馬鹿な。SCP財団だって?」


 包帯男さんの名乗りに背後の見学者の一人が声を上げた。何か知ってるんだろうか。


「おや、私共をご存じでいらっしゃるので?」

「あり得ない。だって、SCPは良く出来たジョークサイトに過ぎない。SCP財団は創作に登場する架空の団体だ。エイプリルフールの悪ふざけにでっち上げられたようなもんだ」


 男の人の説明に穂村さんが何か思い当たる節があったのか、顔をしかめた。


「貴方、もしや神霊の類いですか」

「何故そうお思いに? 似た経験をされたことでもあるので?」

「話に聞いただけですが。我々のボスがクトゥルフ神話の邪神を装った存在に邂逅した経験があります」

「ほうっ、それは興味深い」


 ニンマリと包帯男さんの顔が歪む。穂村さんの顔がますます険しくなった。

 ていうか、クトゥルフ神話の邪神なら私も知ってるんだけど。え、アリス姫はそんなトンデモない経験をしたことがあるの?


「これは無視できない情報ですね。貴重な質問権を消費してしまいますが確認しましょうか」


 包帯男さんが萌葱色のコートから古びた黒電話の受話器を取り出した。受話器は途中で千切れていて何処にも繋がってはいない。

 スッとお兄ちゃんが立ち位置を変えて何時でも飛びかかれるよう準備をしてるのが見えた。リンク能力で常に変身してるお兄ちゃんは常人の身体能力じゃないから既に攻撃可能な間合いなんだと思う。でも、ここは私の自己領域と集団無意識で形成されたバーチャル界の境目付近だから余り派手に動かないで欲しいな。私もバーチャル界の奥がどんなに危険か説教されてよく分かったし。


「プルルル、プルルルル。もしもし、もしもし。聞こえていますか」


 何処にも繋がっていない受話器を耳に当てて包帯男さんは独り言を喋る。SCPを知ってるらしい男の人がヒッっと悲鳴を上げているのが聞こえた。


「もしもし、もしもし。リコールマン?」

「ああ、聞こえているとも。その受話器での残り質問回数は3回だ」

「それでは彼らのボスがクトゥルフ神話の邪神を装った存在に邂逅した際の詳細を伺いましょうか」


 包帯男さんが一人で喋り続けている。まるで誰かと会話しているかのように。

 声は同じなのだけど抑揚や間の取り方が違って姿を見なきゃ声が似てるだけの別人だと判断すると思う。

 異様な光景に誰も動くことが出来なかった。精神異常者というわけではないの? 何かのアーティファクト的なものなのかな。


「それは正確な表現ではないな。装ったのではない。彼の者達をクトゥルフ神話の著作者が畏怖を込めて表現したに過ぎないのだ」

「ふむ、それはつまり例の彼以外に本物のクトゥルフ神話の邪神が実在するということでしょうか?」

「神が実在するという話だよ。その時代その国の神話体系によって神々が振る舞いを変えるのは自然なことだ」


 何かとてつもない話をしてる気がするんだけど。これ、私達も聞いて良いのかな。


「彼ら、ワンダーランドのボスである前田孝はドリームランドに迷い込みクトゥルフ神話の邪神ヒュプノスと出会った」

「そこで発狂して邪神の手先へと変えられたのですね?」

「違う、逆だ。前田孝は化物の蠢くドリームランドを見ても冒涜的な邪神を直に見ても正気のままだった。正気のまま、本来なら化物へと変容するはずの魔術を施されたにも関わらず逆に利用して己の望む肉体を手に入れたのだ。精神的怪物だな。最終的にはヒュプノスの加護を授かるに到っている」


 何かアリス姫に対する見方が凄く変わりそうなんだけど。

 次に会う時、どんな顔をしたらいいの。


「加護ですか」

「ヒュプノスの現神は北欧でオーディンの名で崇められていた。前田孝はアリス姫と名を変えヴァルキュリアとして活動している」

「ふむ、加護の詳細を伺っても?」

「サービスしておいてやろう。契約を結ぶことで死後の魂を獲得し絶対服従の配下を獲得する。配下は不老不死だな。その上、配下の異能を己に複製可能だ。後は」


 包帯男さんが最後の言葉を聞いて大きく目を見開いた。


「他者を限定的な現実改変者へと変貌させることが出来る」




 場が沈黙で静まり返っていた。身動ぎすることすら出来ない無音の中に私達はいた。

 それくらいに通話を終えた包帯男さんの放つプレッシャーは凄まじかった。押し潰されそうになるのを耐えて呼吸するのが精一杯。


「これは、どう考えるべきでしょうかね。現実改変者は基本的に抹殺する方針をSCP財団は取っているのですが、全人類が現実改変者になり得るというのは対SCPにおいての切り札とも……」


 現実改変者。私のバーチャル能力やお兄ちゃんのリンク能力を言ってるのかしら。確かに物理法則なんかに喧嘩を売ってる気はしてたけど。


「お、俺達の能力は酷く限定的で認識を誤魔化すことは無理だし、何でもありなわけでもない。ボスのアリス姫は人格者で他の奴らも犯罪を犯したりはしてない。社会に異能を暴露することも禁じられている。終了する必要なんてない」

「おや、そういえば貴方は私共をご存じでいらっしゃいましたね。ジョークサイトですか。情報拡散のSCP。いえ、この時空における財団の在り方がフェイクニュースだったと考える方が自然ですね」


 SCPを知っている男性が焦って弁明をしている。終了ってつまり殺すってことなのかな。

 それにこの時空。包帯男さんは異世界人?


「良いでしょう。財団がそもそも存在しないのならSCPに対処する組織が必要だ。私が口を出すような事柄ではなさそうですね」

「そ、そっか! 良かったぁ……」


 脱力する男の人。本当に説得に成功してる。凄い。


「ですが」


 何でもない事のように包帯男さんは言った。


「ここの人造異界の製造者は終了させます。SCPの繁殖場所を提供した罪は重い」



――――――

※例の彼

SCP-2662-くとぅるふ ふっざけんな!

著作者:SoullessSingularity

http://ja.scp-wiki.net/scp-2662

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