佐藤江利香の箱庭事件その3
私の自己領域に行けば妖精に会える。
この情報は瞬く間にワンダーランドに広まって色んな人達が会わせてくれと私に頼み込んでくるようになった。
でも敵意むき出しの妖精に火の粉をぶつけられると懲(こ)りて言わなくなるのよね。ファンタジーなんてフィクションのままの方が良いのかも。
その中でもクリス君と翔太君の魔法使い兄弟は楽しそうに何度も私の自己領域に通っていて妖精達と戯れている。
特に魔法のチート能力を持つ翔太君は自力で空を飛んで妖精達と一緒に空中遊泳を出来るほど仲良くなった。言葉は通じないはずなのだけど精霊が妖精達との橋渡しをしているらしく、彼だけは妖精から排斥されない。帰り際になると妖精達が引き留める程だ。これ、下手をすると妖精に浚われちゃうんじゃ。チェンジリングの逸話とかもあるし。
「妖精魔法は精霊魔法とはまた違う別系統の魔法か。彼ら独自の言語を学べば翔太も使用出来る可能性があるな。鈴原さんお願い出来ますか?」
「あの、彼はまだ小学生ですよ? こんな危険な所に連れて来たり変な思想教育をするのは……」
「それ魔法がインチキだった場合ならともかく歴とした現象なのに言います? 魔法は学問の一種ですよ。本人も好きで学んでいますし学習意欲を削ぐのは大人としてどうなんですか?」
「確かにそうかもしれませんが、危険性が高いことに変わりはありません。空中遊泳も何かの拍子に落下して大怪我する可能性が……」
子供の教育論に関してクリス君と鈴原さんは正反対の立場から議論を交わして、最終的にパラシュートを常備させることで決着が付いた。
あの、せめて外で話し合おう? 妖精達から庇ってる私の身にもなって。
他にもブレイブソルジャーのギルド、アリス姫親衛隊の古参メンバーがやって来ては妖精を見学して帰って行くことが多かった。
引き出し屋の事件に参加したギルメンと不参加のギルメンとで格差が出来つつある状況だったらしくて、今回の出来事は非常に有り難かったと後でクリス君にお礼を言われた。Vtuberの仕事や社長業で忙しいアリス姫とVtuber全員の補佐とギルドマスターを両立しなきゃいけないタラコ唇さんは個々の不満にまで時間を割ける時間がない。そういう細かい相談はクリス君が相手をしていたらしく困っていたんだって。
私よりも年下なのに補佐役が板について見えるのよね。アリス姫親衛隊のギルメン一人一人とライン交換もしてて独自の情報網を形成したっていうし、クリス君こそが実質的なリーダーなんじゃないのかな。
本人は現実でアリス姫関係者以外の異能力者を見付けられてないことを気にして謙遜してるんだけど、そんな簡単に見付けられるなら私が見付けられてないはずが、んんっ。難しいわよね、フィクションや都市伝説やジョーク情報が混沌としてて本物を探すのって。誰もが一度は探してみたことはあるはずなのに見付けられてないし仕方ないわ。
漫画じゃあるまいし異能を手にしたからって特別な日々が訪れるわけじゃないしね。穂村さんの事件は例外としてもこれから異能戦闘なんて二度と起こらないんじゃないかな。なんだか、それはそれで勿体ない気もするけど現実なんてそんなもの。
だから私は現実に存在する非日常の象徴に見えたVtuberに憧れたわけだし、Vtuberの中でも際立って異彩を放っていたアリス姫が好きになった。
この人の傍にいれば私にも何か特別な日々がやって来るんじゃないかって。
肝心な時に萎縮して踏み出せなかった私はそんな夢見がちな妄想を膨らませて面接を受けに行った。
そしてある意味、その夢は叶ったんだけど現実のファンタジーは思ったより地味で面倒くさい。妖精と仲良くなるなんて夢のシチュエーションの一つのはずなのに私に起こった事件は居住トラブルなんて生々しい現実問題だった。やっぱり現実ってこんなもんなのかって少しショックだったな。
でもコティンは可愛いし他の妖精達も最近は慣れてきたのか私の頭に乗ったり持ってきたフルーツを食べてくれるようになった。
挨拶でジヤーゼって声を掛けたらキャラキャラ笑ってくれるし、こんな日々も悪くない。そう最近は思ってる。
「マスター、変なフラグを立てないでよ。それ異変が起こる前フリだったでしょ」
「うっ。確かにそうだけど、でも変質者がいるだけなら……」
「何時でもバーチャルトラベルで逃げられるように準備をした方が良いですよ。妖精の姿が見えない」
「見学者は一ヶ所に固まって動かないで。出口は江利香さんと穂村さんの傍以外にありません。怖くても逃げないで!」
「利香は俺の後ろにいろ」
ある日、私のバーチャル界の自己領域に全身を黒い包帯で覆った怪しい人影がいた。
萌葱色のコートを羽織って手に虫籠みたいな物を持っている。
それでこれが一番の問題なんだけど私はこの怪しい人を自己領域に入れた覚えがない。つまりバーチャル界の奥から招かれてもいないのに侵入してきたってことになる。バリアみたいなもので防げるから平気だってリデルちゃんは言っていたのだけど。
「おや、人間が居るのですか。妙に整った空間だとは思っていましたが人造異界だったとは」
今日、自己領域に来てるメンバーは私に穂村さんにお兄ちゃんに鈴原さんに見学者の3人。見学者もリンク能力者だから戦闘は出来るはずなんだけど明らかに腰が引けている。戦えるのは多めに見積もっても三人だけ。私とお兄ちゃんも本当に戦えるかは怪しい。穂村さんに用心棒として一緒に居てもらってて良かった。
「貴方は何者ですか。人間と考えてもよいのでしょうか」
「ええ、ええ。人間ですとも。私こそが人間。私が人間じゃないのだとしたら人間なんていない!」
穂村さんの誰何にザラついた声で人間だと大声で笑い出す包帯の人。ちょっとヤバそうな匂いがプンプンする。
こちらが青ざめてるのに気付いたのか居住まいを正して一礼して包帯の人は自己紹介をした。
「初めまして。私はSCP財団の包帯男と申します。短い間でしょうがお見知りおき下さい」
――――――
SCP_foundationはクリエイティブ・コモンズ表示-継承3.0ライセンス作品です(CC-BY-SA3.0)
SCP財団日本支部 http://ja.scp-wiki.net/
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