六十五話 ヤマアラシのジレンマ

 バーチャル界の流通拠点化の為の基礎工事計画をユカリと練って、思い掛けないリスクに二人揃って頭を抱えたりしながらも最終的に当初の計画通りに進めることになった。怪物の現実世界進出はリデルがいる限りワープ禁止で防げるらしいので、俺が死んだとしてもおそらくは大丈夫だろうという結論になったのだ。認識を誤魔化すような特殊な化物以外は平気だろうというのがリデルの意見だ。

 おい、止めろ。例外を口に出すな。それ実際に登場するフラグだから。


 ま、まあ。要するに俺が死ななきゃいいわけだ。念の為にユカリが海外の傭兵集団や民間軍事企業(PMC)の伝手を当たることになったが。

 いや、どういう繋がりだよ。何で日本の風俗嬢に過ぎないユカリが武装集団を雇えるようなコネクションを持ってるんだよ。ユカリはヤクザの情婦かなんかだと思ってたけど、もっとヤバい人種だな。こりゃ。まさか秘密結社の構成員ですとか言い出さないよな?

 その可能性を否定できないからユカリは怖い。エナジードレインのチートを手に入れてからの繋がりだと普通なら考えるんだが、ユカリだしなぁ。


 悩んだところでもう後戻りは出来ないので考えないことにした。穂村に裏切られた所で死ぬ思いをするだけだが、ユカリに裏切られたら完全に詰むからな。少なくとも現代社会で生きることは出来ないようになると思う。あれはそういう類いの女だ。


 で、ポータルゲート設置に話を戻すが、ポータルゲートはバーチャル界に特殊な建築物をバーチャル力を消費して建設し、繋がった先の世界にある出入り口の形をしたものを一定時間内にポータルゲートへと指定することで完成する。つまり俺が行ったことのある場所へ一回だけ好きに転移できて、近場にある本物の建築物をポータルゲートに改造するってわけだな。一定時間内にポータルゲートを完成させなかったらバーチャル界にある特殊な建築物はただの前衛芸術の置物になる。18ヶ所設置可能なポータルゲートの数も一年間は減る。ま、恒久的な出入り口になるのだから、ヤバいと判断したら設置を取り止めることが出来るってのは利点にもなり得る。異界関連に挑戦するなら特にな。

 ポータルゲートは現実側の出入り口もそうだが、バーチャル界の出入り口も破壊しようと思えば簡単に破壊可能だ。事故で機能不全を起こすのは困るが、これも万が一の際の緊急時には助かる仕様だな。

 ちなみにポータルゲートの大きさやデザインは自由自在だ。出入り口として使えりゃ何でも良い。つまり、家のドアやトンネル等の既存のものだけでなく、現実側で建設すればトラックはおろか飛行機ですら通行可能な巨大ゲートを設置できるってわけだ。

 うーん、国外で土地を買って隠れて運用するのは難しいかな。それともいっその事、政府に秘密裏にコンタクトを取って共同事業にするとか。

 ユカリに任せきりにするのも怖いが俺がガチエリートと交渉して上手く行く未来も見えないんだよな。政府に密かに話を通すならユカリの伝手を頼るしかない。それならユカリに全部放り投げた方が絶対に上手く行く。ふふっ。何か神様と同レベルで操り人形にされそうな気配がプンプンするな。


 未来の危険性に戦きながらもポータルゲート設置を終わらせる。設置場所は俺の滅多に使わない自室のクローゼットだ。

 大抵は仕事部屋かタラコ唇さんやミサキの部屋で過ごしてて自室のベッドで眠ることとかなかったんだよな。ちょうど良い。

 加藤はゴミを見るような目で見てくるけど仕事終わりにソファーでゴロンと横になると良い感じに眠れるのだ。前世の影響だな、こりゃ。

 差し入れのお菓子とかも常備してるから仕事部屋の居心地が良いんだよね。テレビも備え付けてるし。つい用事がないのに屯してしまうことがある。

 それで寝起きにヨダレ垂らしてて無言で加藤に殺菌スプレーを噴射されたり。おう、こちとら美女やぞ。もうちょいデリケートに扱え。


 ま、ポータルゲートの設置場所にはちょうど良いのだ。しばらくは個人利用に留めておくつもりだし。せめて向こうにも住宅を建設しないと只の荒野だしな。

 バーチャル力は節約して使わない予定だ。ポータルゲートにも入り用だが人力でやった方が仕事の斡旋にもなるし、秘密裏に仲間へ加えるのにちょうど良いのだとか。俺の固有能力の概要を聞いてユカリが大規模な投資を決めたので豪邸をプレゼントして貰える予定だしな。たぶんユカリは俺の何倍も儲けるだろうけど、面倒くさい折衝を任せられると思えば安い代金だ。


「そうですか。仕事の打ち合わせで姫様は共同経営の相手側に会われていたと」

「そうそう。ユカリもひめのや株式会社の社長だからな、一応」

「その話を聞く度にうーんってなるんだよねぇ」

「そかな? ユカリさん、仲間には優しい人だよ?」

「へー。会ってみたいな」

「アハハ……」


 飯を食いながらバーチャル界のことは伏せて仕事の進捗を伝える。別にもうチートバレはしてるんだし隠さなくて良いんだが、なんとなく濁してる。これも神様の啓示なんかね。素直に直感を信用仕切れなくなったな。

 大人数になったし食事は浩介以外にも複数の料理できる人間とパートで雇ったおばちゃんが作ってくれている。流石に一人で切り盛りさせるのは急がし過ぎるからな。浩介は加藤専用の食事も作んなきゃいけないし配信もある。もう一人くらいは専門の料理人を雇っても良いかもな。


 会話相手はタラコ唇さんとミサキと江利香と翻訳家のギフトを与えた鈴原天音(すずはらあまね)だ。天音はスーツを着た中性的な男で、いわゆる男の娘ってやつかな。意外とガチで現実にそういう類いの人間っているもんなんだよな。モデル雑誌に載ってるのを見たことがあるし。天音はそういう日の当たる職業は駄目なタイプの人種だが。

 翻訳ってのは地味な作業の連続で、しかも一人でやるから天音とはあまり話したことがない。会う時もスーツ姿で私服じゃないし気合い入ってる感じがするんだよな。お前も陰の者か。会話にこそ淀みがないけど事前に何度も会話デッキを考えたりしてるんだろう。別にうちは私服でくつろいでもいいんやで。


「穂村さん」

「はい」


 天音のコミュ障に思いを馳せていると、もう一人のコミュ障の名前が呼ばれた。

 あれは穂村とモロホシか。この二人の組み合わせは珍しいな。


「私は貴女が嫌いです」


 ブハッと思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。モロホシぶっ込んだな。どういう経緯でそういう会話の流れになった?

 食堂中の人間の注目が二人に集まっている。さっきまで騒がしかった喧噪が一気に静まりかえった。


「貴女は私に言いましたね。仕事は幾らでもあるって」

「ええ。言いましたが」


 キレているモロホシと違って穂村は冷静そのものだ。何を怒っているのかまるで分かってないな、アレは。


「その時にはもう既に姫様を殺したと思っていたんですよね? ワンダーランドが崩壊すると分かっていて、それでそう励ましたつもりだったんですよね?」

「ええ。その通りです」

「今更っ、今更、人を殺しておいて何をっ、そんなことは言いません。言っても通じないでしょうし」


 怒りで震えるモロホシは涙で曇った目でそれでもなお穂村を睨み付けた。


「だけど! 一つだけ、どうしても言いたい事があります!」

「はい」

「次なんてない。もう他に居場所なんてないんです! そういう人だっているんです!」


 モロホシの悲鳴が食堂にこだました。モロホシは、いや引き出し屋被害者の多くはそうだ。ワンダーランド以外じゃ生きていけない。

 実際はどうあれ、そう思っている人間は多いだろう。追い詰められるように仕事をする姿はそういう内心を周囲に悟らせる。

 唯一、穂村だけが分からなかった。そういう共感性が欠如しているのだと思う。


「それでもですか。それでも貴女は姫様を殺そうとしてるんですか」


 静かなモロホシの言葉に穂村は一拍置いて応えた。


「それでも。私はアリスさんは死んだ方が良いと思っています」


 モロホシの平手が穂村の頬を打つ音が食堂に響いた。

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