六十二話 不思議の国
穂村の処遇は皆、微妙な顔をしつつも何とか受け入れてくれた。というか当事者以外は実感が湧かないんだろうな。事件の全容を知った時も最初「それはマジで言ってるのか?」っという顔をして中々信じなかったし。まあ、同僚が善意で殺人未遂をしましたとか俺も前世じゃフリーズしてただろうし仕方ないか。
この通達でそれまでチートの存在について説明していなかった人員にも設定じゃなくガチだと知れ渡ってしまったが、流石にフィクションじゃない流血を伴った事件だったのでチートの詳細については不謹慎だということで伏せさせて貰った。ある程度は情報を秘匿した方が角が立たなそうだったのもあるが、他者覚醒チートをしばらくは自重することになったので俺に説明するだけの気概がなかったのもある。
新規チートもしばらくおあずけだ。バーチャル能力という個別に能力が違う面白いチートの出現でテンション上がってたのに。
グフッ、耐えるんだ。ガチャ禁止のようなもんだ。続けると破滅してしまう。ああだが、ガチャとは引いちゃいけないと思うと余計に引きたくなる沼なのだ。課金しちゃいけないと一回耐えても、翌日になってやっぱ引いた方が後悔しないんじゃないかと誘惑された経験が……。
「ガチャの禁断症状が。くっ、俺はもうダメだ」
「死後の魂をかすめ取るのをガチャ呼ばわりとか、こんなのが私のライバーなのね。どうしましょう」
溜息を吐いたのは何時も画面に映っていたバーチャルキャラクターのアリス姫だ。俺のサモンバーチャルで呼び出した。
どうやらバーチャル能力で呼び出されたキャラクターの性格は配信中の性格を完全にトレースするのではなく、演者の一側面と設定とが混然として出来上がるらしい。俺の呼び出したアリス姫は完全な淑女だった。ネトゲで演じてた初期アリスだな。お嬢様言葉なんて今じゃもう挨拶にしか使わなくなってしまっているんだが。紅茶を飲みたいというので自販機で買ってきてやったら、せめてティーバックを用意しろと文句を言って来たんで間違いなくアリス姫ではあったのだった。
「あれ、コイツを撮影すれば配信をしたことになるんじゃね?」
「貴女の性格をトレース出来る気がしないのだけれど。演者交代で炎上するんじゃないかしら」
「取り返し付かなそうなタイプの炎上だな。止めとこう」
炎上には種類があって、茶番で笑えるタイプと同情されるタイプと激怒されるタイプがある。
演者交代は間違いなく激怒されるタイプの炎上だ。その上、交代理由がVtuber演者のせいだったと仮定しても、引退させりゃ済むのに交代ってのはリスナーを騙す形になるから完全に運営が悪いって論調になる。一人のVどころか企業全体にまで問題が波及しかねないな。
しかも俺の場合は代表だから『ひめのや』はそういう企業なんですね、とワンダーランド全員に間違いなく飛び火する。こええ。
遊び心でやって良いことじゃないな。自重しよう。
「んなことより固有能力だよ固有能力。穂村とか予知に転移に時間の後回しと豪華セットだったじゃねえか。俺だって18万人も登録者がいるんだ。凄い異能が手に入るはず」
「欲望に正直ね。勿体ぶる事じゃないし良いけれど。私の固有能力も転移よ。戦闘には応用できないけれどね」
アリス姫の固有能力『不思議の国』。バーチャル界に存在する自己領域と現実世界を繋げる異能である。
パソコンを経由しないで良いだけのガッカリ異能じゃね?っと早合点しそうになったが、詳しく聞いてみるととんでもない。俺が訪れたことがある場所18ヶ所にポータルゲートを半永久的に設置し、好きに行き来可能なのだ。地球全土にポータルゲートを設置可能だから大陸を跨いだ転移も可能。俺は一度行きさえすりゃ5分も掛からず世界各国をワープで出入り出来るようになったのだった。
バーチャルトラベルって同行者も連れて行けたよな。つまり一人流通革命? トラックを何台も連れてバーチャル界経由で世界各地に跳べるとか……。いや待った。地球に限定する必要なくないか。もし科学が進んで他星とかに進出するようになったら惑星間の転移も可能なのでは。いや、その前に異世界だ。バーチャル界があったんだから他の異界もあるはず。妖精の国にニライカナイ、常世の国に極楽浄土。どうやったら行けるのか分からんが、一度でも入れたら自由に出入り出来る。別に行く必要性なんてないが夢があるな。
ん? 俺が訪れたことのある場所?
「なあ、もしかしてさ。俺にチートをくれた神様の許へ行けんじゃね?」
「可能よ」
何でもないことのように俺のバーチャルキャラクターは断言したのであった。
「お勧めはしないけれども」
「能力発動に代償でもあるのか?」
「ないわね。ポータルゲートの破棄には一年間必要だってことくらいかしら」
気軽に設置をしてはいけないと。登録者数が増えればポータルゲートの数も増えるんだから障害でも何でもねえな。
じゃ、何が理由だ。
「迷い込んだというか招かれた以前ならともかく、正気で肉体のままにもう一度、あの異界に入る?」
貴女、狂ってるの?
怪訝な顔で俺のバーチャルキャラクターは俺を見返したのだった。
北欧神話の神、オーディンはフェンリルに呑み込まれて死んだ。
だが、神と称される程の存在が死んだ程度で大人しくするわけがないのだ。
今もオーディンは名を変えて生きている。
オーディンが鎮座する異界を、とある伝道者はドリームランドと呼んだ。
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