六十三話 異界四方山話

「身の毛のよだつ衝撃の真実に気付いてしまったアリス姫はSAN値チェック。正気度ロールに移行します」

「ああ、これはもうダメね。SAN値がゼロになってしまっているわ」

「誰が狂人だ!」


 まさかのクトゥルフ神話の侵食に現実逃避してしまったが俺は十分正気である。

 いや、でも前世で警察に追われているからってマンションの10階から飛び降りたりしなかったよな。もしやガチで影響されてんのか?


「なあ、本当にあの神様ってクトゥルフ神話のヒュプノスなの? オーディンじゃなくて?」

「オーディンであってるわよ。ヒュプノスの皮を被ってギリシャ神話とクトゥルフ神話の信仰を掠め取っているけれど」

「えぇ……」


 何そのみみっちい神様。北欧神話だけじゃ飽き足らず他のメジャーどころの神様のコスプレしてお布施を募ってんの? 主神のやることじゃねえ。

 脱力して身体の力が抜けた。どうやらクトゥルフ神話の気配を感じて強張っていたらしい。まあガチなら絶望ってレベルじゃないしな。


「北欧神話だとオーディンは死んだと明記されてるもの。現実に影響を与えるなら別の神様のフリをした方が効率的なのよ」

「何か信仰を利用しきってるな」

「当たり前じゃない。神様なんて高位存在を人間が創造できるわけがないもの。実在する神様は宗教上のテンプレートに従ってそういう振る舞いをしてくれているだけよ」

「ふーん、神様は人間じゃ創れないんだ」

「そうね。神様は」


 アリス姫、ややこしいな。俺のバーチャルキャラクターが言うには重要なのはチートのエネルギー源になっている魂らしい。超常現象を個人で起こせる程のエネルギーを秘めた魂を一般人は全く利用できていない。人間の数は過去に類を見ないほどに増えているのにも関わらずだ。手付かずのエネルギー資源の山が眠ってるようなもんだな。金になりそう。

 で、その膨大な魂のエネルギーは覚醒していなくても影響をもたらすわけだ。Vtuberが登場した程度で新しい世界が生まれたように。あるいは幽霊が気軽に出現しているのも同じ理由かもな。集合無意識による後押しによって死人の魂が霊体になる助けを受けている感じだ。ホラーに幽霊は定番だもの。信じる人は多い。


 以前、魔法使いの生まれた日に見れた精霊なんかもどうやら同じ理屈で生まれているらしい。次元の低い存在ならば信仰で簡単に誕生するようだ。

 神様も数千年も信仰を捧げ続ければ生まれそうなもんだけどな。今回みたいに信仰を略取しにくる上位存在がいるんならエネルギーを蓄えるなんて不可能か。


「なあ、神様の正体ってなんだ? あと、俺のバーチャルキャラクターに過ぎないお前が何でそんなに詳しいの?」

「流石に神々の真実なんて私にも分からないわね。私が世界の仕組みを知っているのは貴女が知っているから」

「俺が知っている?」

「スキルコピーのチートよ。特にバーチャル能力の情報は解明の大きな助けになったわ。あと、発狂しないように貴女が受けている認識操作は私にまでは効かないみたいね。単にモザイクで見れないようにされてるだけで。モザイク越しでも吐きそうですけれど」


 過去を思い返したのか口元を押さえるアリス姫。え、俺は何をされたんだ。怖い。

 あと、バーチャルキャラクターをアリス姫って呼ぶと俺と被ってどっちを呼んでるのか分からなくなるな。何か良い呼び方はないだろうか。


「スキルコピーで知らされる情報は俺も知ってるけど、世界の仕組みとか分からないぞ?」

「私の禁則事項は『見ざる聞かざる』ですもの。禁則事項は違反した場合、主なしでも遜色ないレベルの動きをバーチャルキャラクターに許すわ。それを貴女の後押しがある状態で発動させると通常よりも更に強力に能力を発動させられる。貴女を通してスキルコピーの情報を更に深く知れる程にね」


 禁則事項は恐れるものじゃない。利用するものなのよ、と俺のバーチャルキャラクターは言い切った。

 どうやら頼もしい仲間が増えたようだな。良い名前を考えてやらないと。


「それと、禁則事項ではないからといって貴女のエッチの相手はしないわよ。性欲の解消なら別の人に頼みなさい」

「いやそんなバーチャルとはいえ自分とエッチするとか……」

「ちょっと想像したでしょう」

「うん」


 ナルシストのつもりはないんだが、アリス姫はやっぱ可愛いし。ネトゲで3年以上前から愛用してるから思い入れが強いんだよな。

 同人誌即売会でイベントをやる時は何としてでも薄い本を手に入れなくては。一人くらい俺を題材にして描く変態がいるだろ。


「せめて相手は真帆じゃないと身体を許すつもりはないわ」

「え、お前もタラコ唇さん狙い?」

「私は貴女の一面なのよ。誰を愛するかなんて決まってるじゃないの。ああ、ミサキでも許せるわね」

「ふんふん。穂村は?」

「…………」

「マジか。俺、ちょっと悩むくらいには穂村が好きなのか」


 未だにこっちを殺そうと狙ってる相手に絆されるとか俺ってチョロすぎない?

 あ、その件も聞かないと。


「穂村の予知したっていう俺の未来、日本のディストピア化については何か情報はあるか」

「そうね。本来なら彼女がそこまで未来を予知できるはずはないのだけれど。バーチャルキャラクターの固有能力は主によって傾向が変わるわ。穂村雫のバーチャルキャラクターは戦闘に特化した能力に調整されてるの。私とは真逆ね」

「なるほど。つまり穂村の妄想に過ぎないってことか?」

「それは早計。彼女は世界で初めてのバーチャル能力者。バーチャル界そのもの、あるいはオーディンとは別の神の介入があった可能性すらあるの」


 神様同士の代理戦争の駒とか勘弁してくれよ。しかもクトゥルフ神話の邪神コスプレまでしてんだろ?

 向こうは戯れのつもりでもこっちは発狂するに決まってんだよな。


「つまり、何も分からんと」

「いえ、一つ分かるわ。穂村雫が未来予知を出来なくなったのはエインヘリヤルになったからじゃない。バーチャル界に借金をしたからね」


 茜ヨモギ。穂村のリリエット時代のバーチャルキャラクター。

 俺のバーチャルキャラクターが言うには、ヨモギは借金のカタに没収されてしまったらしかった。

 何か妙にしょっぱいな、異界事情って。

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