幕間 リリエット

 これはVtuberグループ、リリエットの始まりと躍進と……破綻の歴史である。


 最初期のリリエットはホワイトアウトのファンクラブ的側面が強く、企業色はほぼなかった。趣味人の集まった同人サークル的なもので給料が出る所か個々が貯金を切り崩してリリエットの為に無償で活動していたのだ。それはリーダーのホワイトアウトも同じで収益化で手に入った利益は全てがリリエットの為に使われており個人の自由になるお金なんてものはほぼなかった。

 それでもVtuberという新しい可能性に魅せられリリエットに所属する人間の士気は高かった。誰もが笑顔で新しい企画を話し合いやりたいことを次々と考案していた。


 追加Vtuberとして加入した穂村達もその熱意にあてられ最低限の給料で動いていた。それだけでは暮らしていけないのでアルバイトを他に掛け持ち、寝る間も惜しんで配信活動を行っていた。権利関係も杜撰なもので、契約書すらアルバイトとしてのものしか交わしてはいなかった。後でトラブルになる可能性は考えたが誰もが熱意を持ち、無償で働いている社員すらいたのだ。言い出せるはずもなく、またリリエットならトラブルも起こらないと楽観的に考えていた。

 誰もが活き活きとしていて目が輝いていた。毎日が楽しくてそんな懸念は雪のように淡く消え去ってしまったのだ。


 雲行きが怪しくなってきたのはリリエットがバズり、大手のVtuber企業へと上り詰め始めてからだ。

 今まで無償で働いていた社員が暮らしていけるようにと、ちゃんとした契約と給料が支払われるように話し合いが持たれ、だがVtuber達はその話し合いの外へと置かれた。

 これは苦しい時もアルバイトとして最低限の給料は貰っていたことと、Vtuberに成果に合わせた給料を支払ってしまうとホワイトアウトの取り分が大きすぎて経営が苦しくなってしまうからだった。

 当時のVtuber界隈はまだ産業として確立され始めたばかりであり、本当に続けていけるのか不透明であった。

 案件として企業から受けられる仕事も少なく、動画の再生数も低く大した広告費を稼げず、スーパーチャットによるリスナーからの援助も個人的な好意に過ぎないので収支が不安定。また炎上によって他企業が簡単に潰れていくのを見て、明日は我が身と震え上がり、何とかリリエットを生き残らせようと必死だったのだ。


 正規の給料をVtuberは受け取らない。こういう流れになったのはリリエットの柱であるホワイトアウト自身の献身が理由でもあった。

 Vtuber企業としてリリエットを生き残らせるためにホワイトアウトは自分のことは最後でいいよと、自分から契約の話し合いを辞退したのだ。

 これで他のリリエットメンバーが文句を言えるはずもなく、仕方ないかと笑って受け入れた。

 そう、この時はまだ笑えるだけの余裕があった。ちゃんとした信頼関係が結ばれていたのだ。


 破綻はリリエットの柱であるホワイトアウトの変貌からだった。

 ホワイトアウトはキャラクターとして無気力なVtuberを装っていた。何事もどうでも良さそうな態度で軽々と物事を熟していく。そういうキャラクターであった。

 1年2年とホワイトアウトはそのキャラクターを演じ続け、何時からか配信以外でも似たような態度を取るようになった。

 最初は周囲も演技に熱中してるなという程度の反応だったのだが、動画の収録中に怪我をしても顔色一つ変えないホワイトアウトを見て、これはマズいのではとようやく気が付いたのだ。だが、気が付いた時にはもう遅く、本当にホワイトアウトは何事もどうでも良いと判断するような人間へと変わっていたのだった。

 動揺がリリエット全体に広がったが、当時はテレビ番組に出演できるかもしれない重要な時期であり、ホワイトアウトに休みをあげるわけにはいかなかった。

 むしろホワイトアウトの演者がキャラクターと一致していくにつれ、Vtuberとしての人気は上がり続け何も問題はないようにすら思われた。

 こうしてホワイトアウトの精神状態で運営の頭は一杯になり、Vtuberの給料は些細な問題として忘れ去られたのだ。


 穂村雫にはリリエットに仲の良いVtuberがいた。Vtuberへなる前からの長年の友人で、リリエットに加入したのもその友人の付き添いに過ぎなかった。

 だが、リリエットで穂村が人気になるのとは裏腹に友人のリリエット内での人気は低かった。不器用で会話も上手く起承転結を付けて話せず、配信がツマラナイとよくアンチになじられていた。彼女を好きなリスナーも勿論いて、そういう不器用なところが良いと応援のコメントも多く寄せられていたのだが、人は褒められたことよりも貶されたことの方が心に深く残る。

 なまじ数字としてリリエット内での人気の低さが浮き彫りになっていたのも良くなかった。彼女はアンチのコメントを信じ込んで、そんな自分を変えようと努力した。毎日のアルバイトと平行して配信活動も頑張った。


 リリエットは給料は変わらないが人気になるにつれて次々と仕事が舞い込んできており、どんどん多忙な職場へと変貌してきていた。それでもリリエットメンバーはホワイトアウトの精神状態を心配して何も言わなかった。

 そんな善意のすれ違いが重なり、気が付けばリリエットのVtuberは奴隷のような立場に陥っていた。最低限の給料で法外な時間を働き続ける便利な奴隷へと。

 文句を言おうにも代表格のホワイトアウトがそれに何の反応も示さない。運営もホワイトアウトに言われたのならまだしも、それ以外のVtuberに給料が低いと文句を言われても金の無心をされているようにしか感じなかった。ホワイトアウトはこんなにも頑張っているのに、お前らは何を言ってるんだと、叱責すらした。

 そこには当初の信頼関係などはもうなかった。Vtuberを搾取することに慣れすぎていて、この状態のおかしさに運営は気付けなかった。


 それでもリリエットのVtuberは頑張った。特に穂村の友人は。

 アルバイトに配信にイベントにレッスンに時間の許す限り注ぎ込んだ。睡眠時間も削って努力した。

 努力して努力して努力して努力して、ある日、何故か布団から起き上がれなくなった。

 全く動かない身体に病気かと救急車を呼んで診て貰った結果、鬱病だと診断された。


 現代社会で精神的な病は軽視される風潮がある。身体が元気なのに仕事を休むのは根性が足りないからだという意見だ。

 リリエットの運営も同じように穂村の友人を罵った。ズル休みとは随分と良いご身分ですな、と嫌味を言ったのだ。

 それで、穂村の中の何かがキレた。

 気が付いた時にはリリエットの事務所は血塗れだった。穂村がリリエット運営の人間を片っ端から殴り倒したのだ。後に判明するが、穂村の指の骨は殴りすぎたせいでヒビが入っていた。それでもなお、穂村は殴るのを止めなかったのだ。


 この事件を機にリリエット所属のVtuber何人かが事務所を辞めることになった。皆、限界だったのだ。誰も彼もが疲れていた。

 取り返しが付かなくなってやっと冷静になった運営も残ったVtuberの待遇を改善したが、この件に対しては一切の公式見解を示さなかった。炎上が原因で会社を潰すわけには行かないのだ。強すぎる思い入れと、ここまでに支払った代償が後戻りを許さなかった。

 リリエットを辞めたVtuber達もこの事件を口外しなかった。リリエットの為ではなく、暴力事件を起こした穂村を守る為だ。

 唯一、来栖アリサだけがアリス姫に個人間トラブルに見せかけて事情の一端を話したが、それは穂村に対する警告であるのと同時に、穂村がまた理不尽な目に遭わないようにと配慮した企業への警戒心故でもあった。


 穂村雫が殺しをも厭(いと)わないサイコパスの異常者である事実に変わりはない。

 だが、リリエットメンバーにとって穂村雫は英雄であったのだ。

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