五十七話 エゴのぶつかり合い
「何でだ。何で、こんな事になった。誰もが頑張ってた。皆、いい奴だった。誰もこんな事、望んでなんかいなかった!」
茜ヨモギは叫ぶ。自分自身が壊してしまった故郷を思い返して。
それは穂村雫が心の奥底に仕舞い込んだ悲鳴でもあった。
アリス姫は呑気に眺めていたリリエットのVtuber達を思い返していた。
表面上はトラブルの気配など微塵も感じはしなかった。自分達には一銭も入らないスパチャを貰って、ありがとうと時間を掛けて一人一人の名前を読み上げていたリリエットメンバーの記憶しかありはしなかった。実はノルマでもあったのかと余計な思考が浮かんで眉をひそめた。
正直、聞かなければ良かった。これから先、このVtuberはきちんと給料を貰っているのかと杞憂して素直に配信を楽しめない自分が想像できたからだ。
「ゴホッ、グゥッ。何時までも、女々しく……、泣き言を。やかましくて眠ってられやしない」
穂村雫がよろよろとあばら骨が折れて内臓に突き刺さっているにも関わらず立ち上がった。もはや痛みすら感じていないのか熱で朦朧とした目がギラギラと異様に光った。
「続きを、やりましょうか」
「もう止めとけよ。そのままだと死ぬぞ」
「貴女を殺さないと、安心して、死ねない」
穂村雫の主張は変わらない。アリス姫は危険である。
この現代社会で一人だけのチート転生者。他者に異能を配り、死後に異能と配下を獲得する。配下は絶対服従で裏切れない。
今現在こそ聖人君子と見紛う程の良識さで配下に接しているが、穂村にはそれが続くとは到底、思えなかった。
エナジードレインとリンク、二つの異能を習得しただけで建築物が爆発する程の災害からも無傷で生き残れる化物が、時間経過で強化され続ける。
その内、誰にも止められない本物の悪魔が降臨する未来が待っている。そう穂村は見ている。
「悪いことはっ、言わないから。ここで、死んでおきなさい」
「穂村、お前」
アリス姫は穂村雫の本意をようやく理解した。
「俺の為に、いやワンダーランドの為に俺を殺そうとしてんのか」
善意で殺人を出来る人間というものをアリス姫は初めて見た。
世界にはどんな人間だっている。自分の価値観が相手の価値観と一緒だという保証はないのである。
「まだ少し、ほんの少しの、間だったけど。でも、楽しかったから」
穂村雫は笑う。きっとアリス姫が死ねばワンダーランドの人間は悲しむだろう。穂村を憎むだろう。
でも、それでも、次の人生を歩むことが出来ると思う。たとえVtuberとしてじゃなくても。満ち足りなくても。
生きて笑えるだろう。リリエットの皆のように。
その未来を守るためなら穂村は死んでも良かった。
「歪んでんなぁ。穂村、お前アレだ。所謂、勇者とか英雄とかの類いだ。現代社会で暮らすのはさぞ生きづらかったんじゃねえか?」
「ふふっ。悪魔に言われるとは、思わなかった」
「確かにな」
アリス姫は笑った。やっと穂村とちゃんと話せたような気がしていたからだ。
状況は理解した。相手の言い分も一利くらいはあるかもしれない。穂村の人格も問題はあるがアリス姫には好ましく映った。
ならば話は簡単だ。力でねじ伏せれば良い。
「ぶっ飛ばして従わせる。俺を悪魔と呼ぶなら悪魔らしいやり方で行かせてもらうぜ」
「それは、無理。生きてるっなら、貴女を殺しに、行くから」
「何度だってぶっ飛ばしてやるよ」
アリス姫と穂村雫の目が合った。これから殺し合うにも関わらず何故か通じ合えた気がした。
「最後に聞くぜ。穂村、俺に従う気はあるか?」
「ない。奴隷には、ならない。もう頭は下げない」
そうか、とアリス姫は笑い。
「なら来いよ。リリエットの英雄」
「終わらせましょうか。ワンダーランドの悪魔」
静かに最終決戦が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます