四十三話 アイドルマインド

 山川陽子(やまかわようこ)、アイドル事務所に所属する歴としたアイドルだが、6年活動し続けているのにも関わらず売れていない所謂、地下アイドルだ。

 中学生の頃から活動を始めたのでまだ若いが、アイドルの寿命は短い。10年もブレイクすれば大成功と言われていて、5年、いや3年も第一線で活躍すれば人気アイドルと言っても構わないくらいだ。

 また日本のアイドルは20代前半がピークで後半になっていくと比例して人気が落ちていく。これは大抵のアイドルが歌や踊りじゃなく容姿を武器に人気を獲得しているからだな。一部が30代になろうと卓越した芸術的な歌や踊りでファンを魅せて人気アイドルとして第一線で活躍し続けているが、それはもはやアイドルではなくアーティストと称した方が良いだろう。何事にも例外はいるものなんだ。


 そんなアイドル界の化物がゴロゴロと道端に落ちているわけもなく、大抵のアイドルはブレイクすることもなく誰にも話題にされずに消えていくことになる。

 大したギャラも貰えず交通費すら自腹で、一日をレッスンとツイッター対応に追われるのにファンがイベントに来ないなんてことは珍しくもなく。早い話、地下アイドルは儲からない。チェキと呼ばれるアイドルと一緒に行う写真撮影が千円くらいしか掛からないと言えば少しは分かるだろうか。

 なので地下アイドルはアルバイトをして生計を立てている。むしろアイドルをしてる時間より何倍も割が良いと陽子も自嘲していたくらいだ。

 俺のリスナーであった陽子がVtuberになろうとメールをしてきたのもアルバイト感覚だった。別にVtuberになりたかったわけではなく、少しは生活の足しになるかもしれないという判断だった。

 悪くない話だ。実際アイドルとして長年活動してきた陽子は空気を読む力に長けているので、ワンダーランドに所属をすれば人気Vtuberとなっていたかもしれない。

 でも、俺ならもう少し別の未来を提案できる。そう例えば、人気アイドルとしてのメジャーデビューなんかな。


「それでどうだ? 少しは例の感覚は掴めてきたか?」

「うん。ライブハウスで歌った時とか凄かったよ。お客さんの熱気がそのまま身体の中に染み渡って、身体の奥からどんどん力が湧いてくるんだ。ファンの皆がどれくらいの想いで応援してくれてるのか一人一人明確に理解できて、涙が出そうになった」


 私、アイドルやってて良かった。そう陽子は呟いた。


 陽子に渡したチート。その能力をアイドルマインドと名付けた。直訳すると偶像の精神だな。

 宗教で神を崇める際に、シンボルとなる神や仏を模して作られた像を拝むことを偶像崇拝と言う。

 このチートはそんな信仰心や祈り、熱意や欲望なんかを認識して自分のエネルギーとすることが出来る。

 条件としては感情の矛先が自分自身である必要があるってことだ。あらゆる感情を意識すれば認識できるらしいが、認識できるだけで吸収できるのは自分に向けられた感情のみのようだな。

 ちなみに余剰エネルギー的なものを吸収してるらしく大本の感情は消えないみたいだ。


 効果は精神エネルギーを吸収することによる自己の神格化。

 ああいや、神様になれるって意味じゃない。神様のように崇められるって意味だ。

 存在感とでも言おうか、陽子は精神エネルギーを吸収する度にそれが大きくなり続けている。何をするにも人に注目されて意識される。

 それで好感を持たれるとは限らないのが普通のはずなんだが、このチートは好意を持たれるような振る舞いを自然と保持者に悟らせるのだ。アイドルマインドという名を付けたのも分かるだろう。

 これは一種のカリスマだな。生まれながらにカリスマ的な人物もいるとは思うが、振る舞いを訓練することで後天的にカリスマを発揮することも不可能ではない。

 言ってしまえば精神エネルギーの吸収によるアイドル力(りょく)の向上が可能なのだ。


「いや、アイドル力って」


 浩介からのツッコミが来たが分かりやすくていいじゃないか。アイドル力。

 アイドルとしての力量には容姿も関係してるってのは先に述べたが、陽子はアイドルマインドを習得してから美貌に磨きが掛かっている。なんとあのモロホシの美貌に追いつきそうなのだ。

 美しすぎて迫害されるなんてフィクションめいた逸話を持つモロホシに比肩しそうとか相当だぞ。


「え、えっ!?」


 突然に話題に上がって慌ててるモロホシを見て、どうして家族はアイドルとかモデルとか勧めなかったんだろうと余計な思考が浮かんだが、陽子から地下アイドルの窮状は聞いたからな。わざわざ茨道に望んでもいないのに誘導しないか。

 ギフトを生まれつき持ってるのだとしてもそれが本人の希望と合致するかは別問題なわけで。おまけにどのギフトを持ってるかなんて分かりやしない。

 ステータス表示がラノベで大人気なわけだ。現実なんてクソゲー長年やってれば分かりやすい設定が欲しくなるもの。


 おっと、話が逸れた。

 この肌艶が良くなるとか髪が自然とキューティクルを保持するとか流し目が尋常じゃないほど色っぽくなるとか、見てて思ったんだが、姉に施そうとした美貌と若さの2種類のチートで出てきた美貌担当のチートじゃねえかな。

 陽子が俺に望んだのはアイドルとして成功したいってことだから、美貌チートはアイドルの職業チートだったか。

 確かに風俗嬢とアイドルって1枚のカードの裏と表って感じだしエナジードレインとアイドルマインドが若さと美貌で表裏一体でもおかしくないな。

 生命エネルギーと精神エネルギーの吸収って能力も似通ってるし。

 すると吸血鬼相当の裏社会の暴力団体の対比として政治家がアイドルマインドに覚醒しうるのか?

 過去の政治家が神格化されて崇められている事例なんて腐るほどあるし、ありうるな。


「政治家のアイドルマインド覚醒ですか……」

「あ、心当たりあるよ。ファンの皆の応援で存在感が増大してるってのは言ったことあるよね。逆に存在感を消して誰にも認識されない、いや認識され辛くすることも可能なんだ。これ暗殺対策じゃない?」


 なるほど。チートで存在感を微調整できるなら身代わりを置いたり市井を調査しに抜け出したりも可能と。

 確かに昔の政治家には必須かもな。カリスマの増大による発言力の強化も出来るし。


「それに言いづらいんだけど。精神エネルギー、いやアイドル力だっけ? これを消費することで強制的に命令することも出来るみたいなんだよね」


 絶対命令権。エインヘリヤルのチートに付随する能力の一つ。

 しまったな。他のチートにだってそんな能力が付随してる、いや本格的に専門としてるようなチートがある可能性は十分あったのに最近は考えもしていなかった。

 このチートを授けたのが陽子で良かった。気が付いたら洗脳されていて意のままに操られていた可能性だって高かったのだ。

 政治家に渡していたら、特に警察に捕まってチートを白状させられるなんて展開になっていたら。

 チート製造機。そんな未来に到る可能性も本当にあったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る