幕間 暗闘暗躍/逢魔が時

「はい、内部組織ではネット界隈で頻繁に目にするチート能力を開花させるという謳い文句で信者達を集めているようです」

【そうか。まあ、不可思議な力を与えるってのはカルトに関わらず宗教系の組織じゃ良くあることだが、チート能力ねえ。カルト組織もこうなんつーか、世代が変わったな……】

「掲示板に書き込んだように笑い話で済めば良かったんですが、内部では完全に信じられてますね。幹部、ギルドメンバー、引き出し屋の被害者。その全てで」

【そりゃ異常だな。プリンセスが何かのパフォーマンスでもしたのか?】

「私が入ってからはありませんが、信じるに値する異常性が一つ」

【ほう】

「引き出し屋に浚われた元ニート達。彼らの全員が割り振られた仕事を、いえ与えられたというチート分野で天才的な成長を遂げています」

【あん? それは追い詰められて本気になったら隠れた才能が見付かったなんてオチじゃねえのか?】

「常識的に考えればそうなのですが……。翻訳家のチートを与えられた者は既に三カ国語を習得したといえば異常性が伝わりますかね?」

【なるほど。そりゃ変だな、間違いなく】

「催眠術、マインドコントロールによる潜在能力の解放。プラシーボ効果。理屈は幾つか考えられますが、現実に効果があるとなると」

【もはや詐欺なんて次元の話じゃなくなるな。面倒なことになってきた】

「例のコックリ組の方はどうです?」

【あっちはもっと酷い。霊の影が見えると潜入員が怯えて教祖に縋り付いていやがる。辛うじて俺達の情報は漏らしていないみたいなんだが……】

「取り込まれましたか」

【ああ。八咫烏(やたがらす)の時と同じだ】

「この業界に長くいると、どんなエリートだろうと自然と洗脳されてしまいますからね……」

【ちっ。多少の情報漏洩は覚悟の上で捜査せにゃならん。お前も切り捨て要員だ。元の部署に戻れるとは思うな】

「元より覚悟の上です」

【……その献身に報いることは出来んが、お前のことは忘れん】

「ふっ、ありがとうございます」


 定期連絡を終えて影は通話を切った。

 何処ともしれぬ暗闇の中、人知れず暗躍する組織がある。




◇◆◇◆◇◆◇◆




「そうですか、では公安の方はそのまま内部で飼い殺しにすると」

「ああ。スパイなんて後ろ暗い仕事かもしれんが、実態は日本の為に人柱になったようなもんだ。アタシは切り捨てようとは思えんな」

「ふふっ。やはり姉弟ですね。お優しい所がよく似てらっしゃる」

「アタシはタカ坊ほど事態を楽観してないがね。ユカリつったか? お前、どうやってうちの教え子に公安のスパイが潜り込んだって突き止めやがった。アタシらが本人から話を聞く前に既に突き止めてたんだよな?」

「さあ、どうやってでしょう」


 人気の多いカフェで二人の女が相席している。

 警戒する目を隠そうともしない長身の粗暴な口調の女と、一見たおやかな大和撫子のようでいて異様にギラついた目が印象的な女が殺気を何十にも包んで向かい合っている。本能の鈍った人間だからこそ平気な顔で近くに居座れるが、もし動物が近場にいたならば一斉にその場を離れていただろう。


「ちっ、こんな腹の探り合いとか好きじゃねえんだよ。単刀直入に聞く。お前はうちらに害意を持ってるか?」

「そうですね」


 少し躊躇するようにギラついた目をした女が瞼を閉じ、嗤って見開いた。


「大丈夫です。霊障がこの世から消えない限り、貴方達に危害は加えません」

「…………。なるほどな。自分が信用されることは端からないと切り捨てた思考をしてんのか」


 タカ坊が気に入るわけだと苦笑いで粗暴な口調の女はタバコに火をつけようとして、慌てて懐に仕舞い直した。

 このカフェは禁煙だ。


「私がアリス姫に気に入られていると?」

「変わり者が好きなんだよ、あいつ。特に群れからはぐれて泣きそうにしてるような女に弱い」

「確かに心当たりはありますが、私もそうだと?」


 さてな、と笑って粗暴な口調の女はコーヒーに口をつけた。





 前田拓巳がその女に会ったのは学校からの帰り道のことだった。

 時刻はちょうど怪異の出没しやすい逢魔(おうま)が時。夕暮れの光が薄暗い闇に包まれて途絶える頃合い。

 常人では薄闇に包まれてハッキリとは見えないだろう視界の中、別の理由で拓巳はその女の姿が見えなかった。

 人の生命エネルギーを光のオーラとして捉える拓巳の目は例え光の一切差さない暗闇の中でも人の姿を見誤ることなどない。

 だが、常人を超える眩いほどの光に包まれた女は、全身に目を生やし体中に子供の手を纏わり付かせていたのだ。容貌などわかろうはずもない。


「どうしました? そんなに凝視して」

「いえ、それは……」


 思わず誤魔化そうとして拓巳は言葉に詰まった。女の顔の両眼があるはずの部分は深い暗闇になっていて、絶えず血の涙を流していたからだ。

 それは地上を彷徨う霊が、あまりの孤独から自らの目玉をえぐり出すことで陥る症状だった。魂が崩壊して悲鳴を上げている証拠なのだ。

 女は生きている。生き霊として地上を彷徨い続けているわけでもない。

 それにも関わらず、ここまで魂が傷ついた人間を拓巳は初めて見た。


「何故、そんなにも苦しまれているのですか?」

「え?」


 生きながらも姿を化物のように変貌させた人間なら拓巳は他にも見たことはあった。

 全身に目を生やすのは百々目鬼と言って手癖が悪く万引きを繰り返す者に多い。誰かに見付からないかという警戒心と良心の呵責が原因の魂の変異だ。

 身体に纏わり付かせた幼い子供の手は……水子霊だろうか。堕胎を経験した者などに憑きやすい霊だが、ここまでの数は異常だ。

 異常だが、これだけなら前例はあった。

 がらんどうな目を除いて。


「何を」

「失礼します」


 せめて少しでも苦しみを和らげようと子供の手に触れた瞬間、女が3メートルの距離を一瞬で飛び退った。

 人間に可能な動きではない。

 唖然とした拓巳を置いて女は瞬く間に消えていった。足音すらもしなかった。


「アレは何だ?」


 もしや人間だと思ったのは間違いだったのかと拓巳は天を仰いだ。



――――――

ユカリ「それはこっちの台詞です」


噂の霊能少年をちょっとした好奇心で見に行ったら得体の知れないナニカに呑まれそうになって慌てて逃げ出したユカリさんの図。

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