二十九話 オカルトアレルギー
「お姫ちーんっ」
「よしよし、頑張ったね」
サキュバスのユカリと協力体制を築くことを条件に何とかタラコ唇さんを解放することに成功した。
もう表だって俺達に捜査の手が及ぶことはないらしいが、警察に圧力を掛けたことは丸わかりなので気を付けるに越したことはないんだそうだ。
既に俺の能力で対処できる範囲を超えてるから、そうなのかと頷くしかない。化物は化物にしか相手が出来ないのだろう。
まさか俺の人生でここまで警察に怯える日がやって来るとは。
「すっごい目で見られた。呪い殺されるかと思ったよぅ……」
「それはね。仕方ない話だからね」
状況証拠だけを抜き出したら、もろにカルト宗教による儀式殺人に死体隠蔽に洗脳工作だからな。
素直に現状を伝えて和解しようとチートを目の前で見せても、何らかのトリックだと疑うか目撃した人員が薬を盛られたか洗脳されたと疑うだろうし、映像として残っても合成だということになるだろうし敵対は不可避だ。一般人がオカルトを驚くほど簡単に信じるのとは逆に公的機関はオカルトをかたくなに信じない。せいぜい現状では解明されていない非科学的な事態だってことで終わるだろう。
全ての物事は科学で説明できるという、科学信仰が現代社会では蔓延してるのだ。
魂の証明は死後の体重の変遷で明らかだが、オカルトチックだからって懐疑的な目で見られているぐらいだからな。
21グラムの重さが魂にはあるって言われても、検査ミスか急激な体温の上昇による発汗のせいだとか現実的な理屈をこねくり回して言外に否定されているし。
ここまでいくと科学信仰っていうより反オカルトの現実信仰だな。世の中には不思議なことなど一つたりともないっていう。
おそらく迷信によって長らく人類に流れてきた大量の流血によるオカルトアレルギーが原因だろう。
どんな地域でも昔は生贄を捧げて神を崇拝していた時期がある。政治にも取り入れられて権威の箔付けにも利用されてきたものだ。
「それは本当に迷信なの? 実際に神様に会ったこともあるのに?」
「いや会ったけどさ。少なくとも生贄を捧げないと太陽が消滅するなんてことはないでしょ」
太陽は宇宙の生命の源、その太陽が消滅するとき、世界も終わる。
古代のメソアメリカ文明のアステカ帝国はそういう信仰でもって太陽神ウィツィロポチトリに世界の終わりを先のばしにしようと生贄を捧げ続けた。
杞憂の最たるものだが、よく考えたら単なる迷信だと片付けることも出来ないな。
アステカ帝国の祖たるオルメカからテオティワカン、サポテカ、アステカに東方のユカタン半島のマヤ文明。
紀元前1200年前からこの地方では生贄文化が盛んだった。
人間の歴史に生贄は付きものだが、ここまで念入りに制度として成立した地は少ない。
もしや。
本当に生贄を要求する神が実在していた?
「はぁ、いかんな。ユカリに陰謀論を吹き込まれてから思考が飛躍してる」
下手にチート能力なんてものを持ってるせいで否定もし辛いんだよな。
「帰ろうか。Vtuberコラボを実行しようと企画してたとこだったでしょ」
「そだね」
タラコ唇さんと手を繋いで歩く。
まるで生身の人間のように思えるけど、タラコ唇さんも死者の魂に過ぎない。俺は世が世なら恐るべきネクロマンサーとして戦慄されていたかもしれないな。
エインヘリヤルの逸話に登場する北欧神話のヴァルキュリアも後世になってから天使のような印象に変化をしたが、当時は死神として恐れられていたというし。
「ん?」
無意識に不安そうにしてたのかタラコ唇さんがギュっと手を強く握り返してくれた。
まるで本当に幼い女の子になったみたいだな。
華奢なタラコ唇さんの手よりも更に一回り小さい手だとタラコ唇さんの手が大きく思える。
暖かい手に安心してしまいそうになるが、警察の取り調べで消耗しているのはタラコ唇さんも同じなのだ。
こちらだけが寄りかかるわけにはいかない。
「今日は細かいことは考えないで、いちゃいちゃして過ごそうか。タラコ唇さんのオーダーを何でも叶えて上げるよ」
「ホント? そうだなぁ……」
うーんと顎に指を当てて少し考えた後、タラコ唇さんは朗らかな顔で言った。
「じゃあ膝枕して欲しい」
「そのくらいでいいの?」
「そのくらいがいいの」
ふふっと笑うと久々に心が軽くなった気がした。
何だかんだで、日常に戻ってこれたんだな。
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