二十六話 Aerial Dive
「うーん、ちょうどいいVtuberがいないなぁ……」
「それはお姫ちんが寄生したいとか呟いたからじゃ?」
どうせ新人Vtuberだと口さがない奴は寄生寄生とはやし立ててくるんだし、予め冗談を言って緩和しとこうと思ったんだが、もしや滑った?
今は心ない空気を読めない発言する奴はキッズとあしらう文化が出来つつあるし、そういう対応をすべきだったか。
自分から炎上の火種を放り込んでしまったやもしれんな。
「炎上系Vtuberにも物申す系Vtuberにもなる気はなかったんだが、気を抜くと簡単に炎上するな」
「気を付けて下さいよ。アリス姫が炎上するとギルドが巻き添えになるんすから」
確かに、それが原因で浩介と弘文は死んでるからな。ちょっと不注意だったか。
まあシンクロ率の強化も30パーセントは到達したし、そう易々とは死なないだろ。ステータスにスキルの強化だけじゃなく、ギルドホームに低レベル用装備の備蓄を置くようにしたから要求ステを満たしたら順次、格上装備に入れ替えられてるし。
最初は高レベル装備を纏ったままのアバターに入って戦ったら、レベル不足で素手で戦うのと変わらないなんて事態になったらしいからな。情報がないチートは相応の危険を孕んでいる。
チートについて思いを馳せてるとピンポーンと玄関のチャイムがなった。
このマンションに来客とは珍しい。タラコ唇さんは仕事は全てネット上で完結させているタイプだからな。ほぼ人と会わない。
「誰だろ? お姫ちんにアカリちゃんは念の為に隠れててね」
「下手したら小学生と中学生を監禁してるなんて言われかねないもんな」
「社会的に死んじゃうよぉ……」
実際にスマホで知り合った子供の家出を手伝った社会人が、誘拐だと警察に逮捕された事例があるから冗談じゃ済まない。
それに俺とタラコ唇さんは恋人だし、肉体関係があるとバレたら世間の目も厳しくなるだろう。中学生はマズい。
オマケに不法入国の外国人未成年か。犯罪組織の影が見えるな。
「はい、ちょっと待って下さいね」
ガチャっとタラコ唇さんがドアのカギを開く。隙間から一瞬、見えた相手は濃い灰色のスーツを着ていた。
問題なのはまるで印籠の如く身分証明にか警察手帳をかざしていたことだ。
事前に最悪の事態を考えていたから、幸か不幸かすぐさま逃げるという行動に移ることが出来た。まだ何の理由で訪れたのかはわからないが、手遅れになってからでは遅いのだ。
「高橋真帆さんですね? ちょっとお宅を拝見させて頂けませんか。捜索差押許可状は出ています」
「え、え。なんで、どうしてっ」
「混乱なさるのもわかりますが……おいっ。何だ今の物音は。窓の開いた音がしたぞ。森田、先に行ってろ。逃がすなっ」
「了解です!」
「ちょっと、やめてよ!?」
マズイマズイマズイ。あいつら同居人がいることまで調べ上げていやがる。もしかして俺の身なりも判明してんのか。何処だ、何処で目を付けられた。
霊体化しろと浩介にハンドサインで指示をするとあっという間に見えなくなった。これで後は俺がいなくなればOKだ。
開けた窓からバルコニーに出て、一瞬立ち往生する。ここはマンションの十階で地上から30メートルはある。
普通は飛び降りれば死ぬ。だがバルコニーは部屋ごとに区切られていて別の部屋に行くのは不可能だ。
「くっそが」
エナジードレインで肉体能力は強化されてるが、あくまでそれは人間の限界ラインまでだ。
世界最速のマラソン選手がチーターから逃げ切ることは出来ないように、俺がマンションから飛び降りても無事じゃすまない。
だが。
「人間なめんなよ。素手でビルをよじ登る馬鹿だって世界にはいるんだぜ」
バルコニーにあった布団を身体に急いで巻き付けると、運動用の縄跳びのヒモを持つ。
片方をバルコニーの手摺りに結びつけたら、後は覚悟を決めてジャンプだ。
「待て、早まるな!」
若い警察官が血相を変えてこちらに詰め寄るが一歩、遅い。
こういう時こそ、ふてぶてしくいこう。ニヤリと笑ってやる。
「じゃあな」
重力のなくなった空は余りにも広く自由すぎて恐ろしい。
あちらこちらを壁面に叩き付けられて、何ヶ所か骨折した俺にはそれがよくわかる。
チート持ってようと空中ダイブとか人間がするもんじゃねえわ。
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