第3話 夢と現実
次の日。
目覚まし時計の音と共に重たい瞼を開ける。時計を見ると、針は6時半をさしている。
「……6時半⁉やばっ!早く準備して行かなきゃ!」
早朝からドタバタと準備を始める音が家じゅうに響いていたのか、お父さんやお母さん、お姉ちゃんまでも全員が起きてきた。
「桜羅、どうしたのよ?そんなに急いで。」
お母さんは眠そうに目を擦りながら言う。
「早く出なきゃ遅刻しちゃう!今日は直接現場に行かなきゃいけないから!」
「現場ってここから遠いの?」
「うん、車で1時間ちょっとかかる。だからもう出なきゃ!」
私は着替えを済ませ、パンをくわえながらインスタントのお味噌汁を一気に飲み干した。
「行ってきまーす!」
玄関へ走る私をお母さんとお父さんが追いかけてきて「気を付けて行きなさいよ!」「あんまり急いで事故るんじゃないぞ。」と言って見送ってくれた。
私は現場事務所が建つ場所へと向かった。
「7時50分、ギリギリセーフ……。あ、佐伯さんに電話しなきゃ。」
現場初日からこんな状態で大丈夫だろうか。私はひとりごとを呟きながら佐伯さんに電話をかけた。
——「もしもし、おはよう。」
「あっ、桜羅です。おはようございます。今、到着しました。」
——「業者さんは、もう来ているか?」
「いえ、まだ誰も来ていないみたいです。」
——「そうか、分かった。じゃあ桜羅、今日はそっちの監督頼むね。終わったら直接家に帰っていいから。」
「わかりました。何かあればすぐに電話しますので!」
——「そうだね。それじゃ、よろしく。」
そう言って佐伯さんは電話を切った。意外と電話では声が低いように聞こえた。世間で言われる“イケボ”の部類だろうか。それに、後ろでは上川さんや隆太さんの声がしていた。
「イケボはあとで遥に報告することにして。先輩たち、現場事務所が完成したら朝は何時に出社するんだろう……。」
さすがに、先輩たちより遅い出社はよくない。今日みたいに、10分前だと朝礼までに朝の準備が出来ない。昨日、佐伯さんと現場を周った時に聞いた。私のやるべきことは何か。朝は、事務所や休憩所に掃除機をかけ、先輩たちが来るまでに暖房をつけて事務所内が暖かくなっているのがベストだと言っていた。まだ事務所が完成していない今だから良かったものの、明日からは練習のために30分前には着くように来ようと決めた。
そうこうしていると、トレーラー3台で事務所の組立て業者がやってきた。
「よろしくお願いします。萩原建設の上原です。」
「お!女の子か!珍しいね!よろしくー!」
業者さんへ挨拶をして、レイアウトを渡した。
「こんな感じで建ててほしいんですが。」
「了解。じゃあ、作業始めさせてもらうね。」
「よろしくお願いします。何かあれば声かけてください。」
作業を開始した業者さんたちはテキパキとハウスを組み立てて行く。さすが、慣れた手つきだ。私はただ見ているだけでいいのだろうか。何かできることをやった方がいいのだろうか。いろいろな考えが頭の中を駆け巡っている。しかし、私に手出しができるような作業ではない。とにかく今は見て覚えるのも勉強だと思い、佐伯さんに言われた危険な作業をしていないかだけ注意して見守ることにした。
1時間半ほどすると、一人の作業員が近づいてきた。
「とりあえず、3車分は組立終わったんで、次の便があと30分くらいで来るかな?そしたらまた作業開始するから。俺らは1回戻ってまた次のハウス持ってくるから。」
「わかりました。お疲れ様です。」
最初に来た3車の作業員は戻っていった。30分か……。ちょっと出来たところまで見てみようかな。
私は、半分組み立てられたハウスを見て回った。ハウスとハウスの繋ぎ目、置く位置、ハウスが水平に取られているか、確認して周ったが、全部パーフェクトだった。やっぱり、経験している人は違うな……と感心していると、2組目のトレーラーがやってきた。私は、そんなことをしながら今日1日が過ぎた。
夕方4時半になると、全てのハウスが搬入され、事務所は完成した。これから、ここで仕事が始まるんだ……。いや、もう始まっているけど、やっぱりすごい。1日で全部出来てしまった。最後に全ての確認をした私は、業者さんへお礼をして佐伯さんへ完了の電話報告をした。
「もしもし、桜羅です。」
——「もしもし、佐伯です。お疲れ様。」
「お疲れ様です。今日の作業は終了しました。ハウスは全て搬入されて、現場事務所と休憩所は完了です。」
——「そうか。危険な作業はしていなかったか?」
「はい。大丈夫でした。ちゃんとヘルメットもかぶっていましたし、吊り荷の下に入らないよう業者さんも注意しながら作業してたみたいなので。」
——「よし。よくできたね。あと、最後に確認してもらいたいことがあるんだけどいいかな?」
「あ、はい!」
——「出来た事務所や休憩所が傾いていないか、隙間があって雨漏りしてこないか、確認してもらえるかな?」
「あっ!それならさっき確認しました。水平器を使って見てみたらちゃんと水平になっていましたし、隙間はありませんでした!」
——「おっ!さすがだね、桜羅!ただ見ているだけじゃなく、ちゃんと仕事しているじゃないか。」
優しい声で佐伯さんが言った。
「はい……。なんか黙ってただ居るのも都合が悪いと言うか……何か出来ることがあるかな~と思いまして。」
——「ありがとう、桜羅。桜羅にはちょっと期待できるな。じゃあ、明日もお願いしていいかな?」
「はいっ!」
——「明日は、事務所と休憩所に机や椅子なんかの備品が入るから、それを見ていてくれるかな?」
「わかりました。」
——「あと、今日はもう帰ってもいいよ。」
「えっ!でもまだ5時前ですよ?」
——「うん、でもこれから会社に戻ってきても5時過ぎちゃうから、帰っても大丈夫。俺たちも5時過ぎたら帰るから。」
「ありがとうございます。それじゃあ、お先に失礼します。」
——「はーい、じゃあまた明日ね。」
明日も1人で任された。ちょっと信用してもらえているのかな。気持ちを高ぶらせ、帰路につく。現場のことはまだ何一つもわからないけれど、こんな感じなら気配り下手な私も、大丈夫かもしれない。
次の日は、7時半ぴったりに出社することができた。そして、8時になると、昨日とは別の業者の人たちが来て、完成した現場事務所や休憩所の中に畳が張られ、机や椅子が搬入された。
「これもですか⁉」
「そうですよ。リースされた一覧の中に入っていますから。お昼は、カップラーメンの人もいるだろうし、お弁当温めるなんて人もいるでしょうからね。」
業者の人が持っていたのはポットと電子レンジ。ただ内業するためだけの現場事務所だと思っていた私は、生活感のある備品に少々驚いた。そして、冷蔵庫も搬入されたときは、何一つ不便のない事務所にしてくれた佐伯さんに感謝の念まで押し寄せた。
週の最終日、金曜日の11時45分、事務所は完全に整備され、電気も通った。物置小屋やトイレも設置され、ただの砂利だった一角に堂々と現場事務所が完成したのである。
——「もしもし、佐伯です。」
「お疲れ様です。桜羅です。」
——「お疲れ様。今日の仕事は終わったかな?」
「はい、無事に電気も通りましたし、立派な事務所が完成しました。」
——「事故もなにも無かったか?」
「大丈夫です。みなさん安全に作業してくださいましたし、元気に帰られました。」
——「そうか。よくやったね、桜羅。」
「ありがとうございます。それで、私はこれからどうしたらいいでしょうか?」
さすがにお昼前に終わって帰っていいなんて言われないよね……。今週は5時少し前に終わっても帰らせてくれてたけど、今日はそうもいかないだろう。
——「これから、お昼をとったら俺らもそっちに向かうから、それまで桜羅はそこで待機しててもらえるかな?引っ越しのために、こっちに置いてある桜羅のパソコンとかは、俺が持っていくから。」
入社時に支給されたパソコンは、未使用のまま会社に放置していた。携帯電話も支給されるし、やっぱりA級クラスの会社は金持ちなのかな?
「わかりました。すみません、佐伯さん。私の物まで……。」
——「いいのいいの。気にするな。1時になったらこっち出発するからそっちに着くのは2時頃かな。じゃあ、また後でな。」
「はい、よろしくお願いします。」
やっぱり、佐伯さんは面倒見がよくていい人だな。2時までは自由時間でいいと言われたので、私はご飯を食べ、買い物に向かった。思っていたより就業時間なのに自由がある。これなら、仕事とプライベートも両立できそうだ。
2時を少し過ぎた頃、佐伯さん、上川さん、隆太さんの3人がやって来た。3人とも、別々の車で、大荷物を持ってきたようだ。
「おぉー、すごい立派な事務所になったじゃないか。」
上川さんは、到着するなり1番に車から降りてきて、荷物はそっちのけで事務所の外から中までくまなく見て回った。佐伯さんと隆太さんは、車から降りてきて私のほうに向かって歩いてくる。
「お疲れ。」
「お疲れ様です。佐伯さん。」
「初めての仕事、ちゃんと出来たね。」
隆太さんは、にやにやしながら私に言った。
「はい、なんとか。業者さんたちもみんないい人たちばっかりで助かりました。逆に勉強させてもらいました。」
その言葉に、2人はにこっと笑い、佐伯さんが口を開いた。
「桜羅は前向きでいいね。その調子で現場もお願いするよ。」
私の口角は自然と上がる。何もわからない不安よりも、期待されている実感、遂に夢見ていた現場に出れるという高揚感が勝っていた。
「さっ!引っ越し作業するぞ~!」
「「「は~い!」」」
佐伯さんの一言で、全員の引っ越し作業が始まった。私は、佐伯さんが持ってきてくれたパソコンを受け取り、指定された席でセッティングした。私の隣の席に佐伯さん、向いに隆太さん、斜め前に上川さんと言う席順だった。佐伯さんが隣でよかった。わからないことがあれば聞きやすい。
全員の引っ越し作業が一通り終わると、「みんなちょっといいか。」と佐伯さんがみんなを集め、打ち合わせが始まった。
「これから、現場が終わるまでみんな、よろしく頼んだ。それで、これからの事について少し話がしたくてみんなを集めた。」
佐伯さんの表情はさっきまでの優しい笑顔とは一転し、きりっとして真面目な表情になっていた。
「みんなが知っている通り、桜羅は初めての現場になる。そこで、桜羅には現場の流れや作業内容を掴んでもらうために、現場を中心に動いてもらいたい。」
「はい!」
佐伯さんの真っ直ぐな眼差しに、私は張り切った返事をした。
「でも、ひとりじゃ不安だと思うから上川さん、桜羅の補助に入ってもらいたいんですが。」
「おぉー、了解。」
「ありがとうございます。隆太は、現場の流れは大体掴んでいると思うが、書類の作成に関してはまだまだだと思うから、俺の補助を頼む。」
「わかりました。」
私は佐伯さんと一緒じゃないんだ……。大丈夫かな。未だに気軽に話せるのは佐伯さんしかいないのに……。
「そんな感じで、この現場を進めて行く。それと、明日からは足場の業者さんが入ってくるから、朝礼は通常通り8時に休憩所で。8時までこの事務所に来てくれれば大丈夫なので。」
そう言うと、佐伯さんは時計をちらっと確認し、「じゃあもうすぐ5時だし、今日は帰ろう!」と言って席を立った。つられてみんなも席を立ち、帰り支度をし始めた。
現場事務所の戸締りをして、それぞれの車に向かうと、上川さんと隆太さんは「「おつかれっしたー!」と言って帰って行った。私も帰ろうと車に乗り込もうとした時、佐伯さんに呼び止められた。
「桜羅!」
「あっ!はい!」
佐伯さんはこちらに歩いてくる。
「桜羅、ごめんな。」
「えっ……。」
急に佐伯さんは私に謝った。なにがなんだかわからず焦っていると、佐伯さんが口を開いた。
「本当は、俺が桜羅の補助に入るべきだと思ったんだ。桜羅、男苦手みたいだし俺なら話しやすいかなって。でも、さっき話した体制がいちばんベストかなって。隆太のためにも、桜羅のためにも。俺たちには、新人を育てる使命があるし、桜羅の男嫌いのリハビリにもなればと思って。」
さっき話を聞いたときは、正直不安でいっぱいだった。でも、佐伯さんは全体を見て決めたんだ。私の事もちゃんと考えてくれて、かつ隆太さんのこともちゃんと考えている。周りが見えていて本当にすごい人なんだな~と思った。
「ありがとうございます、佐伯さん。私、頑張ります。初めての現場だし、不安もあります。業者さんも男性ばかりだと思うし……。でも、そんなこと言ってられませんよね。仕事ですから。」
「桜羅、無理はしなくていいからな。」
「大丈夫です。自分で決めた道なので。それに、佐伯さんもいるし!いざとなったら、頼ってもいいですか?」
不安と同時に佐伯さんがいてくれるという安心感。自分の正直な気持ちを伝えた。佐伯さんは、いつものように優しく笑った。
「もちろんだよ。桜羅は俺が育てるから。心配するな!」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、また明日。帰り道、気を付けるんだぞ。」
「はい、お疲れさまでした。」
「お疲れ。」
2人は帰路につく。私は、明日から始まる現場仕事に胸を躍らせていた。
次の日、7時20分。現場事務所へ到着すると、まだ誰も来ていなかった。私は、エアコンを付け、掃除機をかける。家に居てもお母さんに甘えてばかりで何もやらなかった私が朝から掃除機をかけるなんて。自分に感動し、鼻歌交じりに掃除をしていた。7時半になると、隆太さんがやって来た。
「おはよう。早いね。」
「おはようございます!佐伯さんから聞きました。朝の仕事!隆太さんも早いですね。」
「うん。一応、先輩たちよりは早く来ないとね。」
やっぱり、会社ってそんなもんなのか……。上下関係はあまり好きじゃない。でも、社会に出た以上、社会の常識は守らなければいけない。
8時に近づくにつれ、上川さんや佐伯さん、業者さんが続々とやって来た。
遂に始まるんだ。ずっと夢に見てきた仕事が。ここまで来るのに相当な時間を費やしてしまったが、おじいちゃんとの約束もやっと果たせる時が来た。
「よし!じゃあ朝礼初めに行くか!」
佐伯さんが言うとみんな立ち上がり、下請け業者さんたちが集まる休憩所へと向かった。
「おはようございます~。」
「「「お~す。」」」
休憩所へ行くと、下請け業者さんが10人ほど集まって何かを書いていた。……KY用紙?
不思議そうな目で見る私に佐伯さんはこっそりと教えてくれた。
「今、業者さんが書いているのはKY用紙って言って、朝礼で今日の作業について危険予知活動をするためのものだよ。危険予知すると、何が危険なのかわかるから、安全に作業を進めることが出来るだろ?」
「おぉ、なるほどです。ありがとうございます。」
「うん、じゃあ朝礼始めるね。」
「あ、はい!」
佐伯さんは、ゴホンッと1回咳ばらいをすると、全員に聞こえるように大きな声で話し始めた。
「えー、おはようございます。これから朝礼を始めます。まずは今日の作業内容についてですが、今日から吊り足場の組立て開始となります。乗り込み初日ですし、交通量も多い橋ですので、現場までの移動も含めて作業の際は注意して作業してください。次にKY活動を行います。笹間建設さんお願いします。」
笹間建設とは、足場を組み立てる業者である。代表者が危険なポイントやそれについての安全対策などを話し始める。
「はい。今日の笹間建設の作業内容は吊り足場の組立てです。足場材を足に落とす危険が考えられますので、手足元に注意して作業します。また、躓きや転倒による怪我を防ぐため、資材の整理整頓および作業通路の確保を確実に行い作業をします。」
ひとつの作業を行うにも危険なことがたくさんあるんだな……。
笹間建設の代表者が話し終えると、また佐伯さんが話始める。
「はい。作業時は十分注意して作業をお願いします。それから、今日から初めて現場に出る子がいるので紹介します。」
そう言うと、佐伯さんは私に向かって小さく手招きした。私は、呼ばれるまま佐伯さんの隣に行った。
「新しく入った上原桜羅です。桜羅には、現場を中心に動いてもらって早く現場を覚えてもらおうと思っています。私と隆太は書類を中心に動くので、なかなか現場には行けないかもしれませんが、何かあれば桜羅に言ってください。桜羅の成長のためにも、みなさんのお力もお借りしたいと思っています。みなさんには迷惑もかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
「よっ!よろしくお願いします!」
佐伯さんに続いて私もみなさんに挨拶をした。業者のみなさんは、「おぉー新人ちゃんか。」「女の子でよかったな!」「がんばれよー!」など笑いながら受け入れてくれているようだった。少し安心した。
朝礼が終わり、私と上川さんはそれぞれの車で現場へ向かった。
現場に到着すると、下請け業者はテキパキと準備を始めた。私も防寒着を着て準備を始める。
ヘルメットを手に取り、「よしっ!」と気合を入れて頭に装着した。
「桜羅!」
上川さんに呼ばれ、私は走って上川さんのもとへ向かった。
「はい!」
「ヘルメット似合ってるじゃん!」
「そ、そうですか?被り方合ってますかねこれ…。」
「大丈夫、合ってるよ。単刀直入に言うと、今の段階で俺たちが現場でできることって無いんだよね。」
「…え!そうなんですか!?」
「うん。足場の図面はもう業者さんに渡してるから、業者さんたちは図面通りに組んでくれるはずだよ。」
「じゃあ、私たちはどうしたら…。」
「桜羅はまず現場を見て覚えること!足場組むにしても、どんなことが危険か、どんな材料を使っているか、材料の名前なんかも覚えておくと打ち合わせのときとかも理解しやすくなるからね。」
「わかりました!」
「あとは、図面通りに組めない箇所とかも出てるくことがあるから、その時に業者さんは元請けである俺たちに相談しにくるんだ。その対応もできるようにならないとね。」
私はとにかく現場を見て覚えることに専念した。その日から1日も欠かさず朝礼が終わると現場へ行き業者さんたちの動きや安全面にはとくに注意して見ていた。
足場を組み始めてから約1か月が過ぎたころ、夕方事務所に戻ると他の業者の人が事務所に来て佐伯さんと打ち合わせをしていた。
「お疲れ様です。」
「おお桜羅、お疲れ様。名刺あるか?」
「あ、はい!」
入社して早々に渡された名刺を私は机の中から取り出した。そして佐伯さんの元へ駆け寄ると、業者の方が名刺を持って立っていた。
「今回工事の断面修復や床版補修を担当させていただく牧野建設の加藤と申します。」
「あ、萩原建設の工事担当の上原です。よろしくお願いします。」
人生初の名刺交換。たしか、同時に私場合は右手で渡して左手で受け取るんだったような…。
「それにしても、現場に女性技術者なんて珍しいですね。」
「はい。でも桜羅はこの仕事に誇りを持って取り組んでくれています。毎日現場を見に行ってくれていますし、本当に助かっています。」
「それは関心しますね。ぜひうちの若い者にもその志を教えたいものです。」
佐伯さんは、どの業者さんに対しても私のことを褒めて紹介してくれる。その褒め言葉が私の今の原動力にもなっている。
「桜羅、下がっていいよ。」
「あ、はい。」
私は業者さんに一礼して自分の席についた。そして、自分の仕事をしながら打ち合わせの内容に聞き耳を立てていた。
「今はまだ吊り足場の組立て作業中ですが、出来上がり次第、牧野建設さんに現場入りしてもらって作業をお願いしたいと思っています。断面修復する箇所は、これから私たちが現場で調査した後、図面に起こしてメールでお送りしますので。」
「わかりました。床版補修についてはいつ頃になりそうですか?」
「そうですね、工程で行けば上部工にかかれるのは8月ごろになるかと思います。なのでそのあたりにまた打ち合わせしましょう。床版補修に関しては、舗装を剥いでみてからでないと調査もできないので、調査しながら図面を起こしながら補修を行っていただくという流れになると思いますので。」
「了解です。では、とりあえず橋台や橋脚などの断面修復の図面をお待ちしておりますね。」
やっぱり何もわからなかった…。
打ち合わせを終え、自分の机に戻って来た佐伯さんに私は怒涛の質問攻めをした。
「佐伯さん、断面修復ってなんですか?床版補修ってなにをやるんですか?そもそも床版って何ですか?」
「桜羅、質問は一個ずつにしようね。」
「すみません…。」
佐伯さんは初々しいと言わんばかりの笑顔で言った。
「まずは断面修復からね。橋台や橋脚はコンクリートから出来てるだろ?コンクリートじゃなくてもそうだけど、物は時間が経つにつれて劣化していく。それを我々職員が調査するんだ。コンクリートを叩いてみるとわかるけど、劣化している部分って言うのは若干音が違っているんだよ。そこを機械を使ってくり抜いて新しくモルタルで補修するんだよ。」
「あの大きな橋台や橋脚を全部叩くんですか⁉」
「そうだよ。範囲はある程度決まっているけどね。足場の下とかはできないから、足場にあがって作業できる範囲で全部叩いて調べるんだよ。」
「うわぁ…大変そう…。」
「大丈夫、みんなでやればすぐ終わるよ。あとは床版補修だったよね。まず、床版って言うのは、舗装の下に隠れているんだ。橋は舗装があって床版があってその下に桁や支承、橋脚なんかがあるんだよ。その床版が傷んでいれば、だんだん舗装も傷んでくるし、橋にも不安全面なところが出てくる。だから、今ある舗装を全て剥がして、床版が顔を出したらそれをまた叩いて調査して、業者さんに直してもらうんだよ。」
「なるほど…。」
すごく細かく説明してくれた佐伯さんには大変申し訳ないけど、やっぱり理解がまだできない…。
不安に駆られていると、佐伯さんが優しい声で話した。
「桜羅も今はまだわからないかもしれないけど、現場で見て自分で体験してみるとすぐに理解できるようになるよ。今は大体の想像がついていれば十分。これからみんなで桜羅のバックアップするから安心していいよ。」
「ありがとうございます。私、がんばります!」
全て経験なんだ。大丈夫、佐伯さんや他のみなさんがいてくれる。ひとりじゃない。そんな感情で私の心の中はワクワクで溢れかえった。
蓮ーハスー 蓮華彩桜 @ayk23shibu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。蓮ーハスーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます