第12話 孝子

よく朝、僕はお金とともに、朝一番で亜美のいる新宿のアパートに戻った。僕は封筒の中から20万円を亜美に渡して、あの女の捜索にまた力を注いで欲しいと伝えた。

すると早速、亜美は朝から携帯で彼女たちのグループで連絡を取り合い、集合し、ない頭をフル回転させて作戦会議を始めた。彼女たちの出した結論は、このまま新宿でまち続けても埒が明かないので、こちらからあの女のいる場所を特定するというものだった。

僕が亜美に伝えた女子高校生の制服から、あの女の学校を割り出そうということだ。頭の足りない彼女たちでも、餌を与えて、頭数が揃えば、ある程度まともな答えが出るようだ。僕はその意見に賛成し、彼女たちを称えた。

早速彼女たちは学校を調べに回った。

ところが、東京都には僕が言うような制服の学校はないようだった。神奈川、埼玉、千葉と捜索の範囲を広げる。彼女たちは、それぞれの自分のコネや友人たちに連絡をとり、知っている学校の制服を片っ端から調べて回っていた。

僕は、自分で独自で探し始めた。ネットカフェで高校の制服を調べる。ネットに制服の写真がのっていない場合は、各学校の電話番号をノートに控えて、一つ一つ電話をかけた。

「もしもし、◯×▷高校です。」

「すみません。私、近くの商店で商売しているものなのですが、おそらくそちらの生徒さんだと思うのですが、毎朝うちの店の前にゴミを捨てていくけしからん女子生徒がおるんだが、オタクの女子生徒の制服はどんなだったか教えてもらえますか。」

と年配者の声に似せて、一校一校しらみつぶしに問い合わせて行った。

そもそもあの女が本当に女子高生かもわからない。あの女の歳も名前も分からない。僕にはあの女のデータが乏しい。

白いブラウスに、紺のタイトスカートという学校は少ない。今は、チェックのスカートに少し色の入ったブラウスが流行らしい。少子化が叫ばれる昨今、どこの高校も生徒集めに必死のようで、特に私立の高校は制服をデザイナーにデザインさせたりと、勉強や教育とは全く関係のないことを、堂々とアピールしている。

自分の人生の選択に、ファッションや見た目が選ぶ基準となる。その考えが僕には理解できない。外見だけよくすればいい。金が儲かればいい。なんて考え方が、世の中の風潮が、教育の現場にまで侵食していることに憂いを感じる。

恐ろしいことに、大人たちは別として、可愛い制服の学校に行きたいという亜美たちの世代は、己のそんな愚かさに気がついてもいない。


調査には、とても時間と、そして忍耐力が求められた。それでも、亜美たちに任せておくと、効率が悪すぎて何年かかるか分からない。自分で動いた方がストレスが少なくて済む。

僕の調査結果では、該当しそうな学校は、埼玉県の新座市と、さいたま市にある学校の2校に絞られた。両方とも公立の高校だっった。数が少なくて助かった。これが、10も20もあったら、大変だった。


僕はまずさいたま市にある高校に訪れた。田舎の高校で周囲は田畑が広がっている。市町村合併の流れか、4市が合併し、100万人都市となり、政令市例都市に制定された。僕にはそれがなんの特になるのか分からないし、興味もないが…。

東京都知事が変わろうが、さして都民の生活に変化はない。何かを彼ら政治家に期待することがそもそも無駄だと思う。

僕はほんの数ヶ月の高校生活で思った。僕のようなはみ出し者も世の中にはいる。そんなたった一人のせいで、クラスはまとまらない。

たった一人の人間が、起こした問題が、学校の問題となる。

だから僕は学校を辞めた。僕という人間は、学校という枠組みには当てはまらない。きっと、社会に出ても同じことだろう。


朝の通学時間帯を狙うため、朝6時に新宿の亜美の部屋を出た。当然、彼女はまだ寝ている。

朝の混雑する埼京線に乗って、大宮で乗り換えて、目的の高校には7時半頃についた。まだ、高校生の姿はまばらだった。

僕は目的の高校の制服の女子学生の制服を食い入るように見つめていた。僕は記憶の中の女の姿と必死に照合してみると、確かにあの女の制服だった

「ビンゴ!」

心の中で叫んだ。やっとあの女の手がかりがつかめた。この一ヶ月間、僕の記憶以外に、あの女の確かな存在照明はなかった。大きな一歩だった。

僕は学校が見える位置で、しばらく周囲を見回して、近くの林の中に身を潜めた。

一人の男子生徒が、自転車で通り過ぎようとするのを遮り、林に力づくで引きづりこみ、身ぐるみを剥がした。

彼には私服と数万円の金を渡して、住所も名前も分かっている。もし、誰かにこのことを話したら、たたじゃ置かないと脅し、今日一日だけ制服を貸してくれたら、必ず全ての物を返すとつげ、不運な彼をその場に残して、自転車に乗って、高校に登校した。

学校に着くと、自転車置き場に自転車を止めて、校舎に入る。彼の生徒手帳から、彼が3年5組の蓮田二郎という人物であると分かった。

僕は、一年生のクラスから順番に、女子学生の顔をチェックして回った。僕の外見は目立ちすぎるので、休み時間以外は、トイレの中で隠れて過ごす。

あの女の顔は今や僕の中では、はっきりと鮮明な画像になっている。

昼休みになると、どの学生の顔も開放感に包まれている。きっと亜美もこんな高校生活を送っているのだろう。こんな爽やかな高校生活かどうかは分からないが。

順番にクラスを覗いて行くと、2年9組にあの女らしき後ろ姿を確認した。彼女は一人で弁当を食べている。僕は女が気がつかないようにそっと、後ろから近づき、彼女の後ろの席に座った。この距離までくると、後ろ姿からでも、はっきとあの女だと確信できた。

彼女は一人でいても、独特のオーラを放ち続けていた。他と違う空気をまとっているせいか、これだけの美人なのに、一人でご飯を食べている。僕にはその方が好都合だが。

「アリス。」

彼女は一瞬、ビクッと肩を挙げたが、後ろを振り向いた時には動揺の兆しは全くみられない。さすがだ。久しぶりにあった彼女は、やはり美しかった。以前と同じように白い肌と大きな瞳、整った顔立ち、芸術的な顎のライン。僕の中のイメージの彼女より、実物は一層美しかった。

「あら、チェーホフ。久しぶりね。」

街で偶然あった昔の友人に込めるような親しみ深い声で彼女は言った。

「久しぶりだね。会いたかったよ。」

「うん。私も。今日はわざわざ遠くまで来てくれたのね。50kmの距離を私に会うためだけに。」

「そうだね。随分と長い時間と労力をかけて探したよ。」

「そう。」

「僕が来ても驚かないんだね。」

「ええ。想定の範囲内のことだから。」

「どこぞのタレントみたいな言い方だね。今日、このあと話がある。」

「随分強引なのね。」

「君、自分の置かれている状況がわかってる?」

「ええ。あなたはアメリカ合衆国大統領で、私はイラクのフセイン大統領ってところかしら。」

「そこまではいってないだろう。」

「そうかしら。あなたはラマダンも関係なく、女子供のいるモスクを、正義の名の元に、誤爆という言い訳で攻撃しようとしているように私には見えるけど。」

「君が、もう少し、具体的な物証なり、名前なりを残してくれれば、わざわざこんな田舎まで来なくて済んだんだけどね。」

「わかったわ。じゃあ、3時に駅前のコーヒー屋さんで待ってて。」

「君が来るという保証はないだろう。」

「そうね。じゃあ、あなたに何かを預けましょう。何がいいかしら。携帯電話?あっ、でも勝手にメモリーやメールを見られるのは嫌だから、生徒手帳でもいい?」

「いいだろう。」

「ちょっと待ってね。」

そういうと、彼女は、バックの中から生徒手帳を取り出した。

「はい。人質ね。」

笑顔で、僕にそれを渡す。生徒手帳には、彼女の写真と学校のクラス名、名前がかか書かれている。中には彼女の住所もあった。彼女の名前は、

「橋本孝子」

どことなく違和感がある、彼女の容姿にはあっていない。

「じゃあ、橋本さん。また後でね。」

「うん。バイバイ。」

僕は彼女の物証を手に入れて、満足していた。

一旦校舎から出て、時間を潰して、6時間目が終わる頃に再び、校門で彼女がでて来るのを待ち伏せた。せっかくここまで来たのに、また逃げられる訳には行かない。

ところがいつまでたっても孝子はでて来ない。不審に思って、先ほどの2年9組に足を運び、女子生徒の一人を捕まえて孝子の所在を聞くと、昼休みが終わると早退したという。やられた。

僕は、とり合えず孝子と一番仲が良い女子の名前と部活を教えてもらい、駅前のコーヒーショップに行ったが、ここも空振り。

学校に戻って、孝子と仲が良いという女子生徒に話を聞く。

彼女は陸上部で、名前は「綾瀬円」美人の孝子に比べたら、平凡に見えるが、平均以上の美しさはあるようだった。孝子のことを尋ねると

「孝子は今時珍しく、携帯も持たないし、家にも連れて行ってもらったことはない。」

という。またしてもやられた!

あの女は再び僕の前から姿を消した。女の生徒手帳に書いてある住所も訪ねて見たが、そこには全く別人の家があった。学校に確認をするが、どうやら、彼女の素性は全て偽りだったようだ。学校側が掌握している電話番号も、現在は使われていないものだった。翌日も学校の関係者を当たるが、孝子(おそらく偽名)に関する新たな情報は出ては来ない。

もう、ここでの手がかりは望めない。僕は新宿に戻る。


新宿に帰ると、不思議なことが起こっていた。

亜美のたむろしていたアパートがもぬけの殻になっていた。

それどころか、新宿から亜美の一派が全て消えてしまっていた。40人からの集団がこの二日間で全ていなくなっている。何か僕の知らないところで大きな力が働いている。

亜美にはお金を渡している。金がなくなったからではない。

何かのトラブルか。40人全員がいなくなるようなトラブルは考えられない。

だとすると、孝子の仕業なのか。一体あの女は何もの何だ。

こちらの動きはあの女には筒ねけということなのか。

それにしてもどうやって、亜美の一派を排除したのだろうか。

高校生の彼女にどんな力があるのだろうか。僕は急に気味が悪くなった。

あの女のことはわからないことばかりだ。


僕はとりあえず、新宿を拠点に、もう一度はじめからあの女を追うことにする。

僕はまずコンビニで、プリペイド式の携帯を買った。孝子の生徒手帳の写真を200枚コピーして、新宿の飲食店に片っ端から配って回った。もはや、亜美の一派の力もない。今は、一人で動くしかない。

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