第11話 聡子(大介)
池袋の恵子の後に拾われたのは、渋谷の聡子という女だった。
聡子の家は、渋谷よりは恵比寿に近い高級マンションの最上階にあった。
僕は恵比寿駅を降りると、まっすぐ彼女のマンションへ向かった。
聡子のマンションにつくと、オートロック式の入り口で聡子の部屋番号を押す。
「はい。」
最近のインターフォンにはカメラがついている。言葉は不要だ。
「どうぞ。」
ピーという音がして、入り口の自動ドアが開く。僕は、中に入り、12階へと向かう。彼女の部屋は最上階の角部屋。このマンションで一番広い面積の部屋だと以前彼女が言っていたことを思い出す。
僕が彼女の部屋のインターフォンを鳴らす前に扉は開いた。
「ガチャ。」
扉の向こうから姿を現した聡子は、数ヶ月前とは変わらない。
聡子はおそらく40代後半だが、傍目には、40代前半、もしくは30代後半に見えなくもない。ほっそりとした体型に、上品な佇まいで、一目で美人と認識される。
同年代の女性と比べれば、明らかに若い。彼女は長年ある代議士の愛人をしている。生活には全く不自由していない。傍目には自由に生活しているように写る。
彼女が抱えている葛藤や、心の闇がどれだけのものかなんて僕には理解しようがなかった。彼女にとっても、僕との付き合いはほんの気まぐれだったはず。
彼女が、渋谷のバーの入り口に座り込んでいる僕に声をかけて来た。奢るから中に入りなさいと、優しい大人の声で聡子は言った。僕は素直にその言葉に従った。
彼女は僕に会うたびに、お小遣いをくれた。僕は毎日そのバーで彼女を待つようになった。彼女は多い時は、月に7、8回。少ない時でも月に2、3回はバーを訪れて、僕を連れていく。
それが、ある時から、聡子は月に一度も現れなくなった。綺麗な自然消滅。それから聡子とは会っていない。
久しぶりに彼女の部屋を訪れた僕を、彼女は快く迎えてくれた。
「お元気そうね。」
「はい。」
「最近、バーに顔を出しても、あなたの顔が見えないから、どうしたのかなって思っていたのよ。」
「もう、渋谷はやめたんです。今日はお願いがあって来ました。」
「なあに。突然、何か欲しいものでもあるの。」
「いいえ。でも、今、どうしてもお金が必要なんです。」
「分かったわ。ちょっと待っててね。」
聡子さんは茶色の封筒を持って戻って来た。受けった重さで大体の金額を察した。聡子さんは笑顔で続ける。
「40あるわ。あなたの事情は私には関係ないから、何も聞かない。でも、一つだけ条件があるわ。」
「分かりました。なんでも言って下さい。」
「もう二度とここには来ないで。」
彼女の真剣な表情から、きっと彼女は今人生の岐路に立たされているのだと悟った。おそらく、その代議士との間にある程度の進展か、あるいはその逆か、とにかく何かしら彼女を取り巻く事情が変わったのだろう。僕はそのことについては追求しない。大人の女性は、互いの不文律に踏み込まない。それが僕にもわかる。
「分かりました。」
僕はきっぱりと心を決め、そう言った。
それから僕たちは一緒にシャワーを浴びて、久しぶりにベットインした。聡子は、年齢のせいか、激しく動く情熱的なセックスを好まない。前戯にたっぷりと時間をかけて、ゆっくりと肌を慣らしていく。シャワーでは、体の隅々まで、綺麗に洗い、ベットではその身体の全てを互いに触れ合うことから始まる。挿入するまでに一時間以上かかることもざらだった。
それは時間にゆとりのある人間にしかできない。丁寧に慎重に、感度を高めていく行為だ。
聡子は演技を嫌った。本当に自分が気持ちの良い場所を、行為を正直相手に告げることを求めた。
せっかくの性交の機会を無駄にしたくないと言う。人生で性交をする機会は限られているからと。とても、僕との性交を大切に考えてくれていた。
フェアリータッチのような、ソフトから徐々にハードへと移っていくが、焦ってはいけない。道具も使わずに、互いの肉体だけで感度を上げていく。
背中、首、足の裏や髪の毛、ヘソと普段他人に触られることのない部分をくすぐったくならないように慎重に触れていく。やがて性器へと向かうが、性器にもたくさんの触れ方がある。髪の毛、手、舌と徐々に具体性をもつ。それからは少しずつ体位を変えて、しっかりと準備ができて、ようやく挿入となる。
ゆっくりと挿入して、そこからがある意味で本番なのだ。習慣的に、セックスをするカップルにとっては、なんてことのないことなのだが、女性の膣は、男性器の形に適応するまで時間がかかる。男性器にも様々な形があるからだ。
ただがむしゃらに動かせばいいわけではなかった。聡子の中が僕の形に適応するまでの時間、僕は様々な体位と、言葉を組み合わせる。
そう、セックスとは、互いに何も身につけずに、裸で行うものだ。そこには五感的な要素が深く関わっている。流れる汗の匂い、精液の匂い、喘ぐ声、感じている声、名前を呼ぶ声も重要な要素の一つなのだ。
聡子さんはベットの中でしか僕の名前を呼ばない。「大介、大好き」と。
その晩、僕たちは3度性交した。時間にすれば、ゆうに5時間を超えていた。
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