第6話 咲希(和也)

よく晴れた真夏のような太陽が降り注ぐ昼下がり、新宿の街を散歩して、一休みに全国チェーンのカフェに入って、いつものように2階の窓から人々の往来を観察していた。

その中で、ひときわ目立つ女の子がいた。

すれ違う男たちが皆、振り返って彼女を見ている。

白いブラウスに紺のミニスカート、ショートボブでここからは顔までは確認できないが、すらっとした体型をしているようだ。

新宿の街を確かな足取りで、颯爽と歩く彼女の姿は、凛として、ある種の品を感じる。僕は彼女の行き先を注視していた。

ふと、彼女は立ち止まり、空を仰いだかと思えば、突然こちらへと視線を向けた。

一瞬目があったかと驚いたが。彼女と僕の間にはだいぶ距離がある。この距離は水星と冥王星くらいの距離があったはずだ。

たまたま彼女の視線がこちらに向いただけで、驚くことではない。

僕は、気を取り直して、再び支援を彼女へと向けた。彼女の視線も相変わらず、こちらを向いている。時間にしたら。きっと10秒にも満たない時間のはずなのに。僕には何十分も見つめあっているように感じた。

しばらく立ち止まっていた彼女は、いよいよ動き始めた。彼女の足は、私の方へとまっすぐ向いている。

まさかとは思っていたが、そのまさかが現実のなり、僕は戸惑いを隠せない。

近くで見ると、彼女はすらっと伸びた長く形の良い足に、雪のような白い肌。ストレートに切りそろえられて黒光りする髪の毛、大きな瞳とまつ毛、身長も165cmはありそうだ。先ほどは気がつかなかったが、彼女が着ているのは、どこかの高校の制服のようだ。

なるほど近くで見ると大した美人だ。一般の男性が振り返るのも仕方ない。

「さっき、私のことを見ていたでしょ。」

よく通る澄んだ声で彼女は問いかける。

「ああ。」

「なんで?」

「道行く人が、みんな振り返ってまで君を、見ていたから。ここからじゃ、君の顔までは確認できなかったから、なんだろうと思って見ていた。」

「そう。で、実際間近で見てみてどうだった?」

「かなりの美人で驚いたよ。」

「ダウト!」

そう言い放った。

「嘘じゃないよ。」


僕は警戒していた。以前にも、女子高生の家に厄介になったことがある。

中野に住む茶髪の女の子で、名前は確か咲希とかいった。

彼女の家は放任主義で、娘が取っ替え引っ替え男を自宅に連れ込んでいても、何も言わない。両親共に仕事人間で、娘のことを構ってやる時間もないほど忙しいそうだ。

「友達が泊まりにきている」

といえば、男だろうが、女だろうが平気だと咲希は言った。

僕は咲希に渋谷のクラブで拾われた。

二週間ほど、彼女の家に居候させてもらったが、彼女の家には秩序というものがなかった。

毎日違う友達が訪ねてきたし、いちいち紹介されても、厚化粧の顔が皆同じに見えて、咲希を含めて、区別がつかなかった。

咲希は僕を友人たちに、

「あたしぃの、新しぃ、彼氏ぃのカズくんで〜す。」

と甘ったるい、日本語なんだが何語なんだかわからない喋り方で紹介した。

僕は黙って頭をさげる。

彼女たちは、何をするでもなく、ただ、喋って、お菓子を主食にして、酒を飲んで、タバコを吸って、たまにクスリをやって、オナニーして暮らしていた。

咲希の部屋には、常時二、三人が寝転んでいたし、足の置き場もないほど、あちこちに酒瓶だの、空きカンだの、食いかけのポテチに袋などが散乱していた。

飲み食いした後の匂いや、タバコのヤニの匂い、そこに女の精液の匂いや、香水の匂いが混ざりあって、呼吸が苦しい。

それでも僕は、咲希の自慢の彼氏「和也」として、彼女の望むことを与えていた。

不思議なことに彼女はセックスは求めてこなかった。

理由は二つあった。

一つ目は、僕の容姿が美しずぎて、穢せない。

二つ目は、15歳で堕胎手術をしてから、セックスに抵抗があるから。

咲希と二週間という速さで別れたのは、彼女の昔の旦那、いわゆる避妊に失敗して、咲希を孕ませた挙句、堕ろさせた、無能で頭の足りない地元のヤンキー崩れが突然、咲希の家に乗り込んできたことが原因だった。

どこから聞きつけたのか、咲希に新しい彼氏ができたと聞きつけた男は、半ギレの状態でドアを蹴破り、咲希の部屋に土足で踏み込むと、咲希の頬を固く握った拳で殴りつけた。咲希は壁まで吹っ飛び、後頭部を勢いよく壁にぶつけ、頭を抱えて、うずくまっていた。咲希の前の絨毯には赤い血だまりができている。顔をあげた彼女の鼻からは勢いよく鼻血が流れ出ている。


見るからにヤンキーで、いかにも、僕は暴走族です。四露死苦。気合だけで生きてます!と外見が物語っている男は、僕に向かって異国語で話しかける。

「おみゃ〜。われ、なみぇとったらあかんど。いてまうど。われ。わかっととか。われ。おおぉ?」

僕は男の一切を無視し、咲希に駆け寄る。

「大丈夫?咲ちゃん。」

「う、うん。ごめんね。カズくん。迷惑かけて。」

「あの人悪い人なの。」

僕は彼女の意思を確認したかった。彼女がこの修羅場をどう切り抜けたいと思っているのかを。

「うん、あいつはサイテーなやつ。」

「うんだとぉ。オラァ。」

咲希は男の声に怯えて身を震わせていた。明らかな恐怖の色。それを黙認するのは気が引けた。

「かかってこいよ。」

男は一瞬ひるんだが、すぐに

「上等だぁ。オラァ。」

と叫んで、右拳を振り回したが、虚しく空を切り、代わりに僕のパンチがカウンターで男のこめかみに入る。男はたまらず膝をつく。僕は男の上に馬乗りになって、男の意識がなくなるまで、殴り続けた。


小学校時代は空手を習っていた。次男の兄はボクシングのアマチアで高校生チャンプで、僕にも「男は強くならなければいけない」とかでよく稽古をつけてくれていたので、おかげ今まで喧嘩で負けたことはない。

同年代の中途半端なヤンキーごときに素手で負けるなんて考えられない。

男が動かなくなって、血だらけの手で咲希の体を起こそうとした時、彼女の体からは微小の拒否反応があった。

咲希は元旦那を一瞬で戦闘不能にしてしまった、得体の知れない僕という人間を、その瞬間確かに嫌悪し。拒絶した。僕たちはそのまま別れた。

その後、咲希の家で知り合った、久美という女の子の家に二週間居候した。

彼女の場合は、いつの間にか彼女の方が家出をしてしまい、久美の母親と一緒に彼女を探す羽目になった。結局見つかる訳もなく、噂によると、他の男と駆け落ちしたらしい。


そんな女子高生たちの一件があってから、女子高生とのトラブルは極力避けようと努めていた。

たまに、行きずりの女の子とオールでカラオケしたり、一晩だけホテルに泊まったりはしたが、長期滞在はしなかった。


幼い彼女たちが望むことは、やはり幼く、僕が提供できることの幅を優に超えてくる。


今、僕の目の前に現れた絶世の美少女の望むことは、一体なんであろうか…。

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