命と永久1

 ずっと長い夢を見ていた。

 沓己とうこと暮らした楽しい日々と、沓己を失ってひとりぼっちの日々。交互に夢を見て、嬉しくなったり、寂しくなったり。

 ずっとずっと、この夢を抱えて眠り続けるしかないのだろうか。

 それは嫌だ。沓己の家族なら、きっと僕の知らない沓己の話をしてくれる。なんとかして呼び寄せよう。

 

 何度も奥多摩の地へ訪れるように、まじないを試みて、沓己の娘・みこ・・が僕の家にやってきた。

 初めて会った沓己の娘は、驚くほどに沓己に似ていた。

 お茶が好きで、明るくて、幸せも不幸も知っていて乗り越えられる強さがある。沓己もそんな男だった。


「禍福はあざなえる縄の如し。貴女は不幸も幸福に変えて生きていくんですね。凄いな」

 感心したように告げながら、もらった握り飯を食べる。肉が入った握り飯は初めてだが、これはこれで美味い。温かな茶が体に染みる。

 満足してほぅ……とため息をついたところで、肩に重みを感じた。横を見るとみこ・・が寄りかかって眠っていた。

「おやおや……何とも無防備な子ですね。あやかしの隣で寝てしまうなんて。でも、そのおおらかな所は沓己に似ています」

 天気が良いといえども、じっとしていれば肌寒い。風邪をひいてしまわぬように、みこ・・を両腕で包み込み、近くに青い焚き火を焚いて暖をとる。

 わらべをあやした昔を思い出しながら、頭を撫でて、背中を叩いて。童歌わらべうたでも歌ってやろう。

 みこ・・のあどけない寝顔を見ているうちに、ふと気づいた。

 もっと沓己の話がしたいのに、目覚めたら、この子は帰ってしまうのだろうか? 

 もう二度とこの地へ来てくれないだろうか?

 青梅より先へ行かれぬ身では、二度と会えなくなるかもしれない。


 ――ならば、いっそ、さらってしまおうか。


 幽世かくりよに連れ込んでやろうか。

 否、あそこは悪いあやかしが多い。みこ・・を喰われては堪らない。

 喰らってこの身に閉じ込めて飼おうか。

 否、喰らってしまえば、沓己の話が聞けなくなる。


 そこでふと、青い焚き火の向こうに沓己の姿が見えた気がした。

(永久。それはダメだ。みんなが幸せになる道をいきな)

 幻は一瞬で消えた。昔、沓己に言われた言葉だ。

 自分勝手にならず、相手のことを思いやれ……なんて。あやかしに人の都合などわかるはずもないのに。

 それでも沓己が言ったから、少し考えてみる。

 みこ・・は、店をやりたいと言っていた。ならばこの家で店を開けばいい。この店に住んで、一緒に暮らして毎日過ごす。僕が店を手伝ってもいい。

 この家は沓己が作ったのだから、沓己の娘に返そう。その代わり沓己の話をずっとしてくれたら嬉しい。

「沓己。それならいいでしょう?」

 もうこの世界に沓己はいないのに。笑ってる気がした。




 沓己の娘をこの家に留めるためなら、どんな手を使ってもいいと思っていたが。

 ぺっとなる者になれという。犬猫を飼うようなものだろうか? よくわからないが、ぺっとは家族らしい。

 沓己は僕に色んなことを教えてくれたが、みこ・・は僕に何を与えてくれるだろうか?

 何を与えたら離れずに側にいてくれるだろうか?


 みこ・・は可愛いぺっとが欲しいのだから。できるだけ可愛くなろう。言葉遣いも改めて、表情も仕草もわらべのようにあどけなく。

 みこ・・が父親を求めて泣くなら。父親の代わりになろう。低い言葉で抱きしめて、背を撫でて慰めて。みこ・・を包み込むような、落ち着いた大人になろう。

 みこ・・つがいを求めるなら……いや、今はそういう望みはないらしい。そもそもつがいがよくわからない。


 人の子が望むがままに、己を変えて過ごしてきた。今までと何も変わらない。

 沓己の娘みこ・・ではなく、命さんだから大切なのだと気づいたのは、もう少し先の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る