2話
駅のホームで電車を待ちながら、さりげなく隣を見ると、銀色の髪に狐耳の妖狐の永久が隣に立っていた。周りに聞こえないよう、小声で話しかける。
「他の人に見えてないんだよね?」
「見えてない。見えていたら、もっと見られるよ。見えるなら、代わりに荷物を持つんだけどね」
駅のホームには電車を待つ人が何人もいて、けれど永久が見えるのは命だけなのだ。
「見えないし、見送りしなくても良いのよ」
「僕がついていきたかったんだ。青梅までしかいけないけどね」
「どうして、青梅までなの?」
氷雨も言っていた疑問をぶつけてみると、永久は涼しい顔で答える。
「僕は普通のあやかしじゃないから」
そこで電車がやってきて、ドアが開いたので命は電車に乗った。座席に座ると、目の前に永久が立つ。命を見下ろしながら永久が答えた。
「僕はあの家に憑くあやかしだから。あの家を離れて遠くには行かれない。その代わり、他のあやかしより強い力を持っている。あの家はご神木でできた特別な家だから」
電車の扉が閉まって、走り出す。窓の向こうの景色はどんどん変わっていく。木々の合間に山が見え、もう馴染んだ奥多摩の風景が離れていく。
電車が走る途中でトンネルに入った。その途端、異変が起こった。前に立っていた永久が突然消えた……かと思うと、狐の姿で床に寝そべっていた。
「……っ!」
命は驚きの声をあげようとして思い留まる。数は少ないとはいえ、同じ車両に客がいる。話しかけるのは不自然だ。
「僕はあの家を離れると、力が弱くなる。この姿でいるのが、一番楽なんだ」
大きな顎で、命の足にすりよる姿は、まるで大型犬だ。
「僕は青梅までしか行かれない。だから青梅駅で、命さんが帰ってくるのを待つよ」
駅で待たせるのは悪いと、命が小さく首を横にふると、永久は笑うように言った。
「あやかしにとって一週間なんて、ほんの瞬きするような時間だ。だから青梅駅で待つのは平気だよ。僕は命さんの家族だから、帰ってきたら、一番におかえりを言いたいんだ」
命は少しためらうが「まいっか」と諦めた。百年眠り続けた永久にとって、一週間なんてたいした時間じゃないんだろう。
青梅駅に電車が到着する。ホームに降りると向かいに立川行きの電車が来ていた。まだ発車するまで時間がある。
「命さん。僕、こっちで待ってるよ」
そう言って永久はホームの端に歩き出す。青梅駅のホームには、待合室が二つある。中央に大きなのが一つと、端に小さなのが一つ。端の方が利用者は少ない。山小屋のような待合室の前で、永久はお行儀良く座った。
幸い、今はこの待合室を使っている人はいない。皆、電車に乗り込んでいる。命は周りに気兼ねせず、話しかける。
「……ここで、ずっと待つの?」
「うん。ちょっと寝てる間に、あっという間に一週間だよ」
「それで、私の帰りを待つのね。まるで忠犬ハチ公だわ」
「ちゅうけん? 犬じゃないよ。僕は狐だ」
「ごめん。そうね。永久は狐よね」
永久の頭を撫でると、命の手にふわりと毛玉が乗る。そのままふわふわと肩へ移った。
「あっ、これ、ケセランパサラン?」
「そうだね。ついてきたんじゃないかな。そう、遠くへは行かれないから、途中でいなくなると思うよ」
「そういえば。最初に新宿で電車に乗ったとき見えた毛玉は、この子だったのかしらね」
「……さあ。僕、眠ってたから」
「そうだったわね。じゃあ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。命さん」
永久に見送られ、ケセランパサランを肩に乗せて、命は電車に乗り込んだ。
青梅駅は駅の片側に山が広がり、片側にビルや住宅地が並ぶ。都市と山の狭間の駅だ。
電車が発車するとゆっくり景色は変わっていった。もう山は遠い。どこまでも続く住宅地は、初めは一戸建てが多く、立川に近づくとアパートやマンションが増えていく。
三十分、快速電車に乗っただけで、立川についた。立川の駅前はデパートや大きなビルだらけだ。そこに山の面影は微塵もない。
数ヶ月前まで、命はこの街の住人だったのに、立川にくると遠出した気分になる。すっかり奥多摩の人間になったのだなと思う。
新宿を過ぎる頃に、ふと肩をみたらケセランパサランが消えていた。
あの日、新宿から乗った電車で寝過ごして、奥多摩に行ってしまったのは「偶然」だけど、永久に会えて良かったと命はしみじみ思った。
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