第57話 失言?


 「いらっしゃいませー!!」


 「焼き立ての牡蠣はいかがですかー!」


 昼休憩も終わり、私は再び道を歩く観光客に向かって声を掛ける。

 しかし、今回は売り子では無い。


 「はい、3個焼けたよー!」 


 「はい!……えっと、ここかな?……あ、ここだ」


 殻の隙間を見極めてそこにヘラを器用に差し込む。すると、殻が綺麗に開いた。

 そして身が出たそれを"売り子"である佳代さんに渡す。


 「おー、上手になったのう!!京香ちゃん!!お待たせしましたー!!牡蠣3つです!!」


 上手く殻剥きが出来た事を佳代さんに褒められて、内心得意げになる。


 そう、あの後私は、佳代さんに頼んで売り子と殻剥きの役割を交代して貰ったのである。

 

 牡蠣の殻と言うのは、何枚も重なった層の様になっており、その中から殻が剥ける隙間の部分を見つけなければならない。

 しかしこれを見つけるのが至難の技で、ぱっと見では殻の剥けない部分と見た目が全く変わらないので、どこにヘラを差し込めば開くのかが分からないのだ。

 間違っても真上からブッ刺して開く筈が無い。

 そして大野君と佳代さんはまるで全てを見透かした様に、正解の層にヘラを入れて、いとも簡単に殻を開ける。

 それが何だか悔しくて、佳代さんに頼み込んで休憩明けの役割を交代して貰ったのだ。

 自分でもこんな負けず嫌いなところがあるとは思っていなかった。

 多分あの惨状を大野君と佳代さんに大笑いされてムキになったのもあるだろう。

 佳代さんにはニヤつかれながら、快く代わって貰った。恐らく私の内心を読んでいたのだろうが、正直そんな事より殻剥きが上手くなりたいと言う気持ちの方が勝っていたのだ。


 「東條さん!!はい!!」

 

 そして大野君から渡された牡蠣に、流れる様な手付きで殻を開けて行く。

 私は今、誰よりも早く殻を剥ける自信がある。もはや殻剥きマスターと呼んでくれても良いだろう。


 「はい!次牡蠣4個ねー!!」


 「!!、……まかして!!」


 まるで職人になった様な気分だ。殻剥き職人。特許でも取ろうか?

 極めればこれで世界も狙えるかもしれない。


 「はい、佳代さん、牡蠣4つ!」


 殻を開けてから佳代さんに渡すまでの一連の動作には、自分で言うのもなんだが、美しさすら感じられる。


 「東條さん、次3つね!!」


 「フッ……どんどん来なさい……」


 ……そんな思考から正気に戻るのは、しばらく経ってからの事だった。

 恐らくまた暑さで頭でもやられていたのだろう。そうであって欲しい。



 _______________




「お疲れ様ー!!お陰様で今日分のは全て完売しましたー!!」


 佳代さんからそう高らかに宣言され、周りから拍手が起きる。

 時刻は午後6時。青かった空はオレンジ色に染まり、やっと終わったと実感した瞬間に、どっと疲れが押し寄せて来た。


 「お疲れー京香ちゃん!!お陰で早よう終わったわー」


 真っ先に佳代さんから労いの言葉を貰う。


 「い、いえ!楽しかったです!!」


 疲れたが楽しかった。


 これが今回私がこのアルバイトをして感じた事だ。

 

 「おおー!!なあ、楽しかったって!!聞いたかいな蓮!!こりゃ来年も来てもらうしか無いのう!!」


 バシバシと、結構な勢いで横にいた大野君の肩を叩いて嬉しそうな反応をする佳代さん。


 「痛ったいのう!!叩くな!!」


 対して大野君はあいも変わらず鬱陶しそうな顔をしていた。


 「ふふっ、大野君もありがとね?お陰で様でいい経験が出来たよ」


 今回のアルバイトに誘ってくれた大野君に、お礼の言葉を言う。

 アルバイトをしたのは初めてだったが、本当に良い経験になった。人と協力して、それぞれが役割をちゃんとこなして、お客さんをスムーズに回す。

 そこには、不思議な一体感が生まれていたのだ。

 私の言葉に大野君は不意打ちだったのか、少し照れ臭そうな表情をしていた。

 

 「た、助かったんはこっちじゃ。手伝ってくれてありがとうな?」


 そんな照れ臭そうな大野君にお礼を言われて、私まで何だか照れてしまう。

 少し、気まずい沈黙が流れた。


 「おー?お二人さん、ええ雰囲気じゃのう?お母さん、らん方がええか?」


 ニヤニヤしながら佳代さんはそう聞いてくる。

 思いっきり顰めっ面をしたのは、大野君だった。

 

 「……うっさい。分かっとんならあっち行っとれ」


 「え?」


 そんな素っ頓狂な声は、私から出た。

 佳代さんは今、私たちのこの状況を"いい雰囲気"だと言った。

 そしてその言葉に大野君は、"分かっている"と返した。



 _____つまり大野君はこの状況を、私をそう言う"対象"として認識してくれていると言う事ではないだろうか?



「え?、あ……と、東條さん!!こ、こりゃあその、な!!」



 大野君もその発言の意味に気付いたのか、一瞬にして鬱陶しそうな顔から、焦りの顔に変貌する。

 横では佳代さんが、野次馬よろしく、『キャー!!』と、両手で口を押さえて黄色い声を上げていた。


 「え?あ、そ、そうだよね!!言い間違いだよね!?ご、ごめんね!?私の方が勘違いしちゃって!!」


 恐らく失言だっただろう。自分にも言い聞かせる様に、大野君の今の言葉は間違いだったのだと私の中で無理矢理、結論付ける。

 でなければ、大野君の今の言葉は……


 「え!?あ、いや、……その………」


 しかし、大野君は否定しない。つまりは……


 「っ〜〜〜!!!!!」


 顔の温度が急激に上がって行くのが分かる。


 それって……、それって……!!、それって!!!


 「はい、ちゅー!!ちゅー!!ちゅー!!」


 佳代さんは横で手を叩きながらキスコールをしていた。誰よりもこの状況を楽しんでいないか?

 しかしそんな事は構ってられない。私はジッと大野君を見据える。

 顔は真っ赤で思考は纏まらない。しかし、次に発せられる大野君の言葉には、全力で意識を傾ける。




 「………いとは、意識した……」




 本当に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、大野君は俯いてそう呟く。

 全ての意識を大野君の言葉に集中させていた私が、それを聞き逃す筈が無い。



 思考は真っ赤から、真っ白に変わった。



 「キャーーーーーー!!!!!」


 「もう、うっさい!!!ホンマにしつこいで!?!?あっち行っとれ!!!」


 遠くなる意識で、大野君と佳代さんがそんなやり取りをしていた。



 その後のことは、あまり覚えていない。



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