第48話 ライバル出現?


  「……やっぱ上手いなあ」


 一人になったビーチパラソルの下で、私はスケッチブックに描いた大野君の絵を見てそう呟く。

 勝手に見てしまっているのは何だか申し訳ないが、好奇心には勝てなかった。


 何枚かめくり、普段どんな絵を描いているのか見てみる。

 スケッチブックは色は付いておらず、鉛筆のみで描かれた風景デッサンと言うものが殆どだった。

 

 「あ、これ……」


 その中に、清盛塚から描いた絵もあった。


 私が花火大会に誘われたあの場所だ。


 その時を思い出して、少し頬の温度が上がるのを感じた。

 写真などで見るよりも、時間を掛けて描いたこの絵を見る方が、思い出として強く残るのだろう。妙な高揚感を覚える。ここであんな事があったなあと、つい最近の事なのに懐かしさを感じた。


 大野君の絵は、何というか丁寧な印象を受けた。

 建物や地形の形の取り方。色の濃淡の付け方。どれも確実で、繊細だ。


 人の絵には性格が出ると言うものだが、これを見ただけでも大野君の生真面目さが伝わってくる。

 彼の絵だとすぐにわかる様な、そんなタッチだった。


 「あの、ちょっと良いですか?」


 しばらく彼の絵に没頭していると、隣から少女の、幼い声が聞こえてくる。

 顔を声の方へと向けてみると、そこには少し不安そうな表情をした3人の子供達の一人、女の子のあかりちゃんが居た。

 遊びから抜け出して、ここに来た様だ。

 

 「何かな?」


 不安げな表情をしていたので私は柔らかい笑みを浮かべる。

 対してあかりちゃんは私の問い掛けに肩をビクンと震わせた。何だか小動物の様な仕草でほっこりしてしまう。


 「え、えっと……その………」


 オロオロと、何を言おうか迷っている様子のあかりちゃん。


 「いいよいいよ、ゆっくりで」


 そんな様子に私は優しく、彼女を少しでも緊張させない様にそう言う。

 どこか守ってあげたくなる様な、そんな少女だ。


 「あ、ありがとうございます。えっと、一つだけ聞いて良いですか?」


 「うんうん、何でも聞いて良いよ?」


 気が弱そうだが、礼儀もしっかりしている。ちゃんとした子の様だ。この子の言う事なら、何でも聞いてあげると言う気持ちになった。

 自然と頬が緩んでしまう。


 しかし、次に彼女が発した言葉に、私は固まってしまった。



 「うん、えっと、……お姉ちゃんと蓮くんって、恋人同士なん?」



 「………え?」



 8歳の少女から出てきたとは思えない発言に、私は変な声が出てしまう。

 その質問は本当に予想もしたなかったもので、数秒ほど固まってしまった。

 対してあかりちゃんはさらに不安げな顔をしてこちらの表情を窺っている。


 「……違うんですか?」


 余りにも無言だったので、あかりちゃんにそう言われて私はやっと我に帰る。

 

 「な、何でそんな事思ったのかな?」


 心の動揺が表に出ないよう、必死に冷静に努めてそんな言葉を返す。

 8歳の少女相手に私は何を焦っているのだろうか?

 まさかここで恋バナの様な話題を振られるとは思っていなかった。

 最近の8歳はどうにも進んでいるらしい。


 「だって、さっき蓮くんと楽しそうに話しよったから……」


 そしてあかりちゃんは洞察力もある様だ。他の男の子二人と遊んでいただけだと思っていたが、どうやら先程の会話もバッチリと見ていたらしい。


 「ほいで、どうなんですか?」


 そしてあかりちゃんは、先程の不安そうな顔ではなく、こちらをジッと見据える様に、真剣に見つめて来た。

 

 ここまで来たら私も察する事はできる。


 多分あかりちゃんは、大野君の事が好きなのだろう。

 それが年上に対する憧れから来るものなのか、本当に異性として意識しているのかは分からない。


 しかし"好き"と言う感情は私も同じだ。私の中でどう答えようかと、思考を巡らせる。


 「……"まだ"、恋人同士じゃないかな?」


 そして私は、薄く笑って含みのある回答をした。

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