第46話 子守り


 「あ!!おったおった!!おーい!!蓮くーん!!」


 「はぁ、はぁ……やっと着いた……」


 子供達に振り回される事約30分、ようやく目的地の海に着いた。


 子供というものは、どうにも真っ直ぐに目的地に行けないと言う生態を持っている様で、あっちへ寄り道、こっちへ寄り道と、随分と遠回りをして来た。

 しかもその間ずっと走っていたので、私はもう息が上がってしまっている。

 対して子供達はピンピンしていて、この歳の子のエネルギーは凄まじいなと、おばちゃんの様な思考になっていた。


 目線を海の方へと向けると、そこは砂浜のある海岸だった。

 その砂浜にシートを敷いて、ビーチパラソルを立てて座っている一人の男子がいる。


 「遅いわお前ら。また寄り道して来たんか?」


 その男子、大野くんはそう言うとゆっくりとこちらに顔を向ける。


 「……って、東條さんじゃんけ。何でここにるんか?」


 驚いた顔で、大野くんは続けてそう聞いて来た。

 

 「あはは、この子達にちょっとね……」


 私は苦笑いになってそう返す。

 すると、何かを察したのか大野くんは子供達にジトっとした目を向けた。


 「おー、雄介ゆうすけお前、"また"無理やり連れて来たんか?」


 大野くんに雄介と呼ばれたリーダー格の少年は、ビクッと肩を震わせる。

 

 「ち、違うよ蓮くん!!お姉ちゃんが一人で寂しそうじゃけん連れてきたんよ!!」


 リーダー格の少年、雄介君は焦った様子でそう返した。

 ……確かに一人であったが、そんな寂しい人間に見えていただろうか?


 「あほ、東條さん息上がっとるじゃろうが。どうせお前が無理やり連れ回したんじゃろうに」


 「うっ……じゃって、このお姉ちゃん全然体力無いんじゃもん!!」


 大野くんに詰められて、雄介君はものの見事な逆ギレをかまして来た。

 確かに私は体力が無いが、無理矢理連れ回したのはそっちだろうに。


 すると、大野くんは雄介君に近づいて行って、拳をグーにしてゲンコツを食らわせた。


 「痛ったーー!!!」


 「バカタレ!!人の迷惑を考え言うちょるんじゃ!!」


 結構な勢いだったので、雄介君は大声を上げて大袈裟に痛がる。

 

 「すまんのう、東條さん。子供達に連れ回されて疲れたじゃろうに」


 ゲンコツを食らわせた大野くんは私の方に向かって、申し訳なさそうに謝ってくる。

 まるで保護者の様な対応だった。


 「ううん、いいよ?ちょっとビックリしただけだし」


 正直、私もそんなに怒っているわけでは無いので柔らかく返す。

 流石にいきなり連れ回されて、ビックリはしたが。


 「ほら!!お姉ちゃんもそんな嫌じゃ無い言うとるじゃん!!」


 すると、雄介君がまた余計な事を言う。

 ゴンっと、鈍い音が鳴った。


 「痛ってー!!」


 またしてもゲンコツがお見舞いされた。


 中々懲りない子の様だ。


 「お前はいとは反省せい」


 今度も中々の勢いだったので本気で痛がっている。


 「だ、大丈夫なの?」


 「いつもの事じゃ。怒られた事なんかもう忘れちょる」


 心配して私はそう聞いたが、大野くんは慣れた様子でそう答える。

 どうも遠慮のないそれは、身内のやり取りっぽかった。もしかして大野くんとこの男の子は、親戚か何かなのだろうか?


 「雄介君と大野くんって、親戚同士とかなの?」


 「?、違うで?」


 「そうなの?随分と遠慮が無かったから……」


 「まあ、雄介は赤ちゃんの頃から知っちょるけえな。保護者みたいなんをする事もあるんよ。今日だって海に行くから見ちょってくれって、コイツのお母さんに頼まれたんじゃ」


 「へえー、なるほどー」


 それを聞いて、納得が行った。血は繋がって無いが、大野君の感覚としては歳の離れた兄弟みたいなものなのだろう。

 でなければ他人の子供の子守りを引き受けたりしない。


 「じゃけえ、こうやって怒る事も何回かあるんじゃけど、殆ど効果が無いんよね。その証拠に、見てみい」


 呆れた様にそう言う大野くんに海の方を指差されて、私はそちらに視線を向ける。


 すると、先程まで目の前に居た雄介君は、もう他の二人と海辺の方まで行って遊んでいた。


 いつの間にあんなところまで行ったのだろうか?

 無邪気に遊ぶ様子は、先程怒られた事などもう忘れている様子だった。


 「あはは、元気なのはいい事なんじゃない?」


 「元気があり過ぎるのも考えもんじゃ」


 大野くんは困った顔をしてそう言った。しかし、本当に嫌がっている風ではなく、やれやれと言った表情で、そこにはあの子に対する優しさの様なものを感じた。



 「おーい!!海入るんなら、ちゃんと水着になりーよー!!!」



 すると、大野君からそんな言葉が掛けられて、子供達は一斉に上着を脱ぎ始める。

 どうやら水着は元々着ていたらしく、素直に大野君の指示に従っている様子に、どこか面白さを覚えて笑みが溢れてしまう。


 ……やっぱり、保護者の様だなと思った。

 

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