第44話 夏休み序盤


 1人の男の子に、私は恋をした。


 きっかけは、渡し船。


 そこから屋上で彼の絵を見て、引き込まれた。

 彼の描く絵が好きで、度々屋上に足を運んでいると、美術部に入る経緯いきさつとなった。


 彼と一緒にいる時間は、心地が良かった。


 何か彼と言葉を交わす訳でもない。青空の下、自分の世界に没頭し、キャンバスに向かってあーでもない、こーでもないと、必死に首を捻る彼を見るのが好きだった。


 彼は絵に対して本当に純粋過ぎる気持ちを持っていて、私には少々眩しいものだった。


 しかし、目が離せない。


 好きなものが無い私にとって、彼が絵を描いているさまに、強い憧れと尊敬を抱く様になった。


 そして、彼に花火大会に誘われた時、正直ドキッとした。


 そんな感情を読まれない様に由美ちゃんに誘われている事を引き合いに出して、何とか"友達"と言う意識のままで接することが出来た。


 正直言うと、2人きりでも良かったのかなと言う思いもあった。


 しかし、それでは自分の本心を曝け出してしまうかも知れないと思って、臆病になってしまった。


 私の本性が、純粋過ぎる彼にどう受け止められるのかが怖かったのだ。


 由美ちゃんと、彼と、彼の友達である芳賀くんと見た花火大会。

 最初は友達と行く気分で楽しむことが出来た。

 しかし、徐々にそれは変わって行った。貸切の船と言う特別な環境。その中で打ち上がる花火の数々。


 そんな花火を見上げる彼の顔を見てしまった事が、決め手となってしまった。

 キラキラと目を輝かせて、花火に夢中になっていたのだ。


 それを見た私は、初めて異性と言うものを意識した。



 ……しかし、私には彼が眩し過ぎる様に映った。


 私は人付き合いをする上で、適度な距離感を保つクセがある。



 つまり、人を信じきれない性格なのだ。



 表面上は仲良くしているが、一定のラインを超えない様に相手との距離を保つ。

 東京に住んでいる頃からこの性格は変わらなかった。

 引っ越して来たのは表向きは東京に疲れたと言う理由だが、本当はそんな"人を信じられない自分"を変えたいと願ってこの島に引っ越して来たのだ。

 しかし、自分が変わろうとしない限り何処に行っても同じだと気付かされた。今に至るまでケータイの連絡先が家族以外には由美ちゃんと大野君しかいないのがいい証拠だ。


 しかし、本当に心を許せるかも知れないと思える人間に出会えたと思ったのも事実だ。


 末籐由美と大野蓮。私が変われるキッカケとなるかも知れない人たち。


 そんな私は、本当に大野君を好きなのだろうか?


 偶に、そんな事を思う時がある、私の初恋だった。


 


 「あー、暑いなあ……」


 7月の末。私は家のリビングに寝転がりながらそんな独り言を呟く。

 夏休みはまだ始まったばかりで、耳には蝉の声がうるさいほどに聞こえていた。

 

 花火大会から数日後、夏休みの宿題も半分以上が終わり、暇な時間が増え始めたところだ。

 ふと、ケータイの画面を確認してみると、新着のメールが4件来ていた。

 それを開くと、メールは4件とも由美ちゃんからだった。

 "どこに遊びに行く?"とか、"何日空いてる?"とか、遊びに関するものばかりだった。

 夏休みはまだまだ始まったばかりだ。

 

 大野くんは、美術部は夏休みの間は活動しないと言っていた。彼に会いに行けなくなる口実が無くなるのは実に痛い。

 こちらからメールをしようにも、彼の事が好きだと自覚した瞬間に、メールを打つてが止まってしまう。


 そんな事で、私のメールの履歴は由美ちゃんだらけになっていたのだ。



 

 

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