第43話 東條京香の回想


 

 親に我儘を言って、私達家族の引っ越し先は倉橋島と言う島に決まった。

 

 あの"音戸の瀬戸"から見た、島の名前だ。


 呉の市街地から少し離れていたので父は通勤が面倒だと少し反対していたが、私が我儘を言う事なんて珍しいと思ったのだろう。最終的にはあちらが折れてくれた。


 島の雰囲気はのんびりしていて、東京とは違う、心地の良い静けさがあった。母もいたくこの島を気に入ったらしく、私と同じでこの島に住もうと言ってくれた。

 もう誰も住んでいないと言う、古い一軒家を借りて、私たち家族はそこに住む事になった。


 学校も"宮浦高校"と言う本土にある学校に決まり、バス通学で毎日あの赤い橋を、音戸の瀬戸を通れると思うと、気持ちが少しばかり昂った。


 そして迎えた転校日。

 

 初日は、相当に慌ただしかった様に思う。

 沢山の人から話しかけられて、どんな問答をしたのかも余り覚えていない。

 初日だけならばそれで良かったのかもしれないが、2日経っても3日経っても、私の周りからは人が途絶える事は無かった。


 質問をして来る人は野次馬根性よろしく、"東京から来た転校生"という珍しい生き物を見るかの様な、何処か冷やかしも混ざっている様に思えて、かなり居心地が悪かった。


 "これなら東京の方が良かったかもしれない"


 そんな、後悔の感情が芽生え出した頃、一人の少女から声を掛けられた。


 「なあ、転校生さん。消しゴム待っとらん?」


 あっけらかんとした表情で少女はそう聞いてきた。

 何処か飄々としていて、初対面なのに妙に馴れ馴れしい少女。


 「う、うん。良いけど……」

 

 これが、末籐由美と言う友人との、初めての会話だった。



 由美ちゃんは他の野次馬の様に私の事を根掘り葉掘り聞いては来なかった。

 いつも自然体で、まるで旧知の中の様に私に接してきてくれた。


 不思議と、嫌悪感は無かった。寧ろ居心地が良いとさえ思っていた。

 会話は予想外に弾み、言葉を交わす度に笑顔が増えて行った。

 お互いを下の名前で呼び合うのにも、数日と掛からなかった。


 「京香ちゃんは大変じゃのう。いつも誰かに囲まれよって」


 するとある日、由美ちゃんからそんな言葉が出た。


 「ううん、向こうでも慣れてるから」


 何処に行っても変わらない。私に近づいて来る人間は上辺だけの笑顔を貼り付け、女子は何か利用価値があるものかと値踏みをする様に、男子は私の見た目に騙されて寄ってくる。

 そんな感情が表に出ていたのか、由美ちゃんは心配そうな顔をしてきた。

 

 「……慣れとる様には見えんな」


 「……正直、疲れるかな……」


 転校して来て、初めて他人に弱音を吐いた。

 それ程に精神的に疲弊していたのかも知れない。


 「……まあ、あれだけの人から言い寄られちゃあ、気疲れもするじゃろう。……よし!!ウチは決めたで!!」


 すると、由美ちゃんは立ち上がってそう宣言した。

 何を決めたのだろうか?


 「京香ちゃん!これからはウチと一緒にお昼ご飯食べようや。固定の友達が出来たら、寄ってくる奴も少なくなるじゃろう?」


 いきなりの提案で面を喰らってしまった。今思えば急すぎる距離の詰め方だったと思うが、由美ちゃんにはそれを許してしまう様な魅力があった。


 「……良いの?」


 「ウチはそうしたい」

 

 「そっか……ありがとう。じゃあ今度からそうするね」


 この時の私は、"野次馬が居なくなれば良いかな"などと言う、ある意味由美ちゃんを利用する様な気持ちで提案を受けた。



 しかしそれは、大きな間違いだった事にすぐ気付いた。



 由美ちゃんは私に対して本当に親身に接してくれた。


 休み時間は暇さえあれば話に来てくれたし、そこに強引に入り込もうとする野次馬にも、『今、ウチが話とるじゃろうが』と一蹴してくれた。


 一回、『どうしてそこまでしてくれるの』と聞いたが、帰ってきた返答は『何か京香ちゃん、しんどそうじゃったから』との事だった。

 

 気持ちが凄く楽になった。初めて本当の"友人"に出会えた気がしたからだ。


 そこからは野次馬の数も少なくなり、心に余裕が生まれた。


 すると、バスによる通学を繰り返している内に、音戸の瀬戸の車窓からあるものが目に入る様になった。



 此処を行き来する、渡し船の存在だ。



 自分のお気に入りの景色に、そんな渡し船が存在していると分かると、それが何故だか気になってある日、学校の帰りにその船着き場に寄ってみる事にした。



 そしてそこで、私は大野蓮という少年と出会った。


 


 

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